その後、しばらく何も言えずに立ち尽くしていた。

ふと気付けば、彼も並んで、黙って立っていた。

「あんたも、…ここの客?」

俺が聞くと、首を振る。

「違うよ。」

じゃあ、なんでこんな所にきたのかと聞く。

「たまたま。」

ふふっと笑うと、彼のまわりの空気が、柔らかく揺れたように見える。

「カフェだったんだってね。」

彼は俺に聞く。

「ああ。すげぇ美味い紅茶があって、…すげぇ良いピアノがあって…。」

そこまで言って、俺は思い出して、胸が痛くなった。

人前だというのに、涙がでた。

あの紅茶は、もう飲めないのか。

霧野さんのショパン、もう聴けないのか。

ただただ、切なかった。

霧野さんと話がしたかったんだ。

おれはしばらく泣いた。