「ずいぶん勝手な男だろう?」

ふふっと笑って、霧野さんは言った。

「その後、どうなったんですか?」

「わからない。あのイギリスの屋敷も、気付いた時にはなくなっていてね。」

その後の彼女のことも、全くわからないという。

「私はいまだにジーンが忘れられなくてね、独り者だ。」

またやわらかく笑う。

「君が、私のピアノを聴いて、耳が気持良いと言ってくれただろう?」

俺は黙って頷く。

「ジーンをね、思い出したよ。彼女もそう言ってくれたんだよ。」

彼は、とても遠い目をして、入口のドアから見える海を眺めた。

「霧野さんは、彼女と離れて辛かったのに、どうしてそんなに優しいピアノが弾けるんですか?」

ジーンが音楽を失ったようにならなかったのだろうか?

「日本に戻って、しばらくは弾けなかったさ。」

霧野さんは俺に向き直り、続けた。

「でも、そばにいなくても、ジーンを愛していたからね。それだけだよ。」