「結婚しないか?」

霧野はジーンに言った。

ジーンは嬉しそうに、そして悲しそうに言った。

「あなたと一緒に歩いて行きたいわ。でもたぶん許してもらえない…。」

いつも自分に正直で、前を見てきらきらしている彼女が、初めて見せた弱気。

彼女は旧家の一人娘で、両親は昔ながらの古いしきたりを重んじる人だった。

家柄の見合った婿養子をもらい、家を継ぐ。

それが彼女の両親が望むことだった。

霧野は彼女の両親に会いに行ったが、会う事もままならないまま、追い出された。

身元も不確かな日本人など、冗談じゃないのだろう。

どこに好き好んで、可愛い娘を、名声もないようなピアノ弾きに嫁がせる?

霧野だって、それくらいはわかる。

だが何度も会いに行った。

しかし一度も会う事はできなかった。