涙がでた。

自分でもわからない。

彼女は、さっき霧野が弾いた曲と、全く同じ曲を弾いたのだ。

なのに全く違うものだった。

心が震えた。

故郷を思い出した。

早く亡くなった両親を思い出した。

友達のことを思い出した。

逢いたくなった。

彼女のピアノは、自分のピアノとは全く違った。

いや、話しにならなかった。

見れば、客の顔も穏やかに見える。

皆、誰かを思い出しているみたいな顔なのだ。

泣いているのは霧野ひとりだが。

静かに曲は終わったが、霧野は泣いたままうつむいて動けなかった。

霧野の涙を見た彼女は、とても驚いて言った。

「男の人の涙なんて、初めて見たわ。綺麗なものなのね。」

ハンカチを渡そうと霧野のそばに来ると、しゃがんで下から見上げた。

「泣かないで、良い子だから。」

温かい手で頭を撫ぜられ、霧野はくすりと笑った。

まるで子供に戻ったみたいだと思った。

「あら、笑えるんじゃない。人は笑ったほうが良いわ。」

当たり前のことを、当たり前に言って、彼女は笑った。