「おじいちゃん、何通も何通も、届くはずない手紙、書いてたんだ。」

そしてその中の一通を手にして、シオンは静かに開いた。

そして、静かに柔らかく、慈しむように読み始めた。

『愛するジーンへ。

今日の君は笑っているだろうか。

願わくばそうあって欲しい。

今、ピアノを弾いているだろうか。

それとも、まだ弾けないでいるだろうか。

私は、君からピアノを奪ってしまった。

私にできることは、弾けなくしてしまった君のかわりに、ショパンを弾くことくらいだ。

だけれど、もうすぐそれもできなくなりそうだ。

すまない。

何十年と、君だけに弾いてきたピアノは、私には何よりの大切な時間だった。

どうか忘れないで下さい。

君の愛する音楽を。

どうか伝えて下さい。

君の大切な人に。

今、君に逢いたい。

もう一度君の音楽に触れたい。

私から音楽を奪ってもかまわない。

君の音楽に触れることが出来るなら。

きっとあの日の君も同じことを思っていたんだろうね。

気付かずに逃げ出した私を許して欲しい。

どうか、許してほしい。』