ジーンさんは、霧野さんと離れ離れになってから、一度もピアノを弾かなかったという。

まるで何かを禁じるかの様に。

しかし、シオンのショパンを聞いて、その旋律の中に、かつて愛した人の音を見つけ、彼女の心が溶けたのだ。

「おばあちゃんが喜ぶから、僕、ショパンばかり弾いたよ。」

そんなところも、そっくりだと言われたと、シオンは嬉しそうに言った。

それから、ジーンさんは時折ピアノを弾くようになった。

歳のせいもあって、弾くより、シオンのピアノを聴きたがったそうだ。

「でもね、おばあちゃん、僕のピアノを聴けば聴くほど、おじいちゃんに逢いたいんだろうなぁって。」

分かるような気がして頷く。

「だから、ずっと断って来たコンツェルトの依頼を受けたんだ。」

シオンは、もしその公演が話題になり、少しでも霧野さんを探す手掛かりになれば良いと。

霧野さんが、気付いてくれたら良いと。

「僕、おばあちゃんの若い頃にそっくりなんだって。見れば気付いてくれるかもって。」