俺の驚きと、戸惑いに気付いて、藤堂さんはまた笑った。

「私にだって、これが素晴らしいピアノだっていうことくらい、分かっていたのよ。」

すると調律を終えたばかりの朝比奈さんが、振り向いた。

「藤堂さんがね、とても大事にしてくれると思ったからね。それだけだよ。」

俺はまた驚いた。

それだけの理由で?

「私はね、ピアノは生き物だと思っているんだよ。」

朝比奈さんは笑う。

「だから本当に愛してやってくれない人には売らない。頑固じじいだろ?」

藤堂さんも笑う。

「朝比奈さん、本当にピアノをみなさんに、ただで売っているのよ。あら、ただだから、売るっていうのはおかしいわね。」

朝比奈さんは、ピアノを心底愛していると言う。

弾きたい、聴きたい、ピアノが大好きだという人にしか譲らない。

本当に頑固じじいだ。

思わず笑ってしまった。