きゃらめる味の幽霊


「……キツい」



俺、櫻井湊は今年から晴れて大学一年生になる。そして、憧れだった一人暮らしをする予定。なのだが……。




ここは地元と違って都会だからどのアパートも家賃が高い。


俺の家は貧乏だから学費以外は自分で稼いでやりくりしろと言われた。まぁ貧乏なのは仕方ないが、どうしても学生寮には住みたくなかったのだ。そんなワガママを貫き通してアパート探しをしている所なのだが、さすがに家賃5万は……キツい。


そんな訳で、俺はふらふらと不動産巡りをしていた。


不動産屋の広告をぼんやり眺めていたら、神が舞い降りた。




「……築8年、風呂トイレ付きで2万?まじかよっ!!」


Tハイツの301号室。写真も付いているが、普通の綺麗なアパートって感じだ。ちなみに他の部屋の家賃は8万。これは神だ、神様がいる。




「でも、ここね……昔の住人の方が自殺された部屋で、それ以来…物音がするとか声が聞こえるとかって言われている物件よ?」


「いや、俺そういうの気にしないんで大丈夫っすよ、幽霊とか信じてないし、見た感じも綺麗だし」


「そう…?まあ、この物件を気に入ってくれるんならいいんだけど……」




ダッシュで不動産屋に入り話を聞くと、担当のおばちゃんに何故か渋られた。曰く付きとか別に気になんないし、大丈夫なのに。



さっさと契約をして、明日にでも荷物を運び入れる準備をする。




夢にまで見た一人暮らしライフ!!


この301号室でこの後何が起こるかなんて想像もつかないまま、俺は眠りについた。




数日後。


家財道具を全部部屋に入れ、とうとう今日から一人暮らしの始まり!!
今日は記念すべき一泊目……曰く付きとか幽霊とか、そういった類の事はすっかり頭から消え去っていた……訳ではなかったが、気にはならなかった。部屋が本当に綺麗だったから、幽霊が出そう、とかいう妄想に繋がらなかった、というのもあるけど。



というか、今日ずっと部屋にいるし、今なんて夜中の1時だけど声とか、現象(?)とかは全くないし……本当にラッキーだったのかもしれない。



ふんふんと鼻歌を歌いながら、俺は電気を消してベッドに横たわった。




今日は本当に何もなかった……不動産屋のオバチャンが言ったような事は何もなかったんだ。





無事に大学の入学式も終わり、かれこれ1ヶ月程が経過した。


新しく友達もできたし、まぁ彼女はまだ出来てないけど……結構大学生活は順調だ。



部屋は、家鳴りや、何故かシャワーが出っぱなしの時が時々あるだけで、特に幽霊騒動はまだ起こっていない。




だが、1つだけ。







「お前、またそんなの持って来たのかよ」


学食の向かいの席に座った友人、秋山幸太が心底気持ち悪そうに俺がリュックから取り出した弁当を見つめた。



「本当に何が入ってんだかわかんねぇんだぞ!!病気になる前に捨てろって」


そう、このお弁当。これは俺が作ったものではなく、







―――火曜日と金曜日の朝、起きるとテーブルの上に置いてある物なのだ。




「いや、大丈夫だって。滅茶苦茶うめぇから。」



確かに、一番初めに見つけた時は相当警戒したし、自分が夢遊病で知らぬ間に作っているのかとも思った。

だが、俺は料理が全くできないし、家中を確かめてから向かいのコンビニで一晩中見張っていたが、不審者らしき人間は一切来ず、電気だって一回も付いた形跡がないのに……お弁当はいつものように用意してあり、キッチンにあった汚れた皿などが全て洗われていた。


能天気な俺は、「これは頑張ってる俺に神様がご褒美をくれたんだ!」という極めておめでたい考えにたどり着き、それからはこうして食べ続けているし、むしろ火曜日と金曜日が楽しみになった。



もごもご食べ始めた俺に秋山は呆れた顔をしたが、別に気にならない。



――それ位、美味しいお弁当だったし。





それから無事に授業とアルバイトを終わらせて、夕食を買いにアパートの向かいのコンビニに入った。


時刻は午前零時半。やる気なんてさらさらない店員を横目に、俺は弁当コーナーに向かった。


俺は料理が作れないから、朝以外は外で食べるか買うかのどちらかになってしまう。だからかなりの出費になるのだが、昼は謎のお弁当のおかげで食費が浮くのだ。




ぶっちゃけると、俺は別にストーカーでもいいと思っていた。毎朝毎朝、美味しい弁当を作ってくれるんだから。



(……日頃の感謝を込めて、か。)



夜、寝る前にテーブルにメモと一緒に置いておけば、貰ってくれるだろうか。



俺は、見た目も分からない相手に、お弁当のお礼として、少し高めのチョコレートを購入した。






チョコレートと夕食の唐揚げ弁当が入ったコンビニ袋をぶら下げて、俺はコンビニの真向かいにある自分のアパートに向かい、鍵を開けた。




……あ、まただ。



玄関のドアを開けてすぐのリビングに置いてあるテレビの電源がついていて、そのテレビを見ながらケラケラ笑う人影がひとつ。





……え、人影?





「あ、おかえりなさい!」



テレビの前にいた人影は立ち上がり電気を付けて、未だに玄関で固まっている俺に小走りで近寄ってきて、俺に笑いかけた。そして、照れたように「お弁当美味しかった?」と聞いた。




……俺と同じ位の年の可愛い女の子だった。しかも、可愛いパジャマ姿の。


彼女がもじもじしながらお弁当の話をするのを聞いて、俺は漠然と「あぁ、お弁当ストーカーはこの子なのか」と妙に納得していた。いや、それにしても、



「……なんでパジャマ?」



頭は混乱しながらも女の子を見ながらなんとか口を動かすと、女の子がばっと視線を向けて、目を見開きながら言った。






「もしかして、私がみえるの?」





……へ?



「見えるって……どういう意味?」


そう問い返すと、彼女はぱあっと顔を綻ばせた後、赤くなった顔を隠すように慌ててうつむいた。

そして、

「えっと、あの、」



「私、幽霊……なの」









……へ?

いやいや、


「いやいやいや。嘘だろって」



彼女がうつむいたまま必死に嘘を言うのを見て、俺はなんだか笑ってしまった。



「う、嘘じゃないもん!!」


「ふふ、じゃあ証拠は?」



ストーカーってもっとこう……何ていうかグロテスクなイメージだったけれど、どうやら全てがそういうタイプではない事が分かった。……まぁ、人の家に、パジャマ姿でいるっていうのも、大胆だと思うけど。



彼女はしばらく考えてから、


「じゃあ、あのコンビニに一緒に行こ」


私が幽霊だってこと証明するから、と彼女は言って、俺の手を引っ張った。



……パジャマ姿のままで。




カンカンと音を立てて階段を下る。



「証明するって、どうやって?」


「……多分、他の人に私の姿は見えないと思うの」


そう言ってコンビニに入る。さっきの店員が気だるそうに挨拶した後チラリとこっちを見た。



その途端、彼女はタタっと駆け出して、カウンターに座った。そして、こっちにピースした。


慌てて店員を見ると、一人で挙動不審な俺を見て訝しげな表情を見せたが、すぐにまっすぐ前(自称幽霊さんとの距離およそ10センチ)に向き直り、あくびをかみ殺していた。



「あ、いい所に!!」


自称幽霊が嬉しそうに言った。彼女の目の先には、買い物を終えてレジに向かってくる見た目ヤンキーの男がいた。そいつも、彼女の存在には気が付いている素振りは見せない。



「見ててね」


彼女は俺に呟いた後、ヤンキーの男がレジの前に立ったのを見計らってカウンターから降り、そのヤンキーの身体を「通り抜けて」こっちにやってきた。





「どう…?信じてもらえたかな…」


今、目の前で起こった出来事を理解できずに固まってしまった俺の前に来て、自称幽霊が相変わらずうつむき加減で話しかけた。



「お、おう……」



辛うじてそう答えた瞬間、レジにいた店員と客がチラリとこちらを見た。あ、やばい……端から見たら俺の行動は不審すぎる。



自称幽霊に目配せをして、そのままコンビニを出た。


「えへ……私、湊くんの目に映ってるんだよね…?」


アパートの階段の前で、自称幽霊(まあ、幽霊だと信じざるを得ないんだろうが……)は、顔をほんのり染めて俺に問いかけた。


そんな"幽霊"らしくない態度。俺のシャツを控えめにつまんでいる幽霊に、俺は惚れそうになっていた。



「うん、本当に幽霊だったんだな……でも……、怖くないもんなんだな、」



自然と意識してしまっている自分に気が付いて、戸惑いながら……なんとか言葉を繋いだ。



「……本当に?怖くないなら、よかったぁ……」


ほっと安心したように微笑む幽霊。まだ彼女の頬は赤いままだ。