「ねえ…、まさか多江、まだクラスの生徒の名前覚えてないの?」


多江の反応を見た槙が小さく笑いながらそう口にした。すると多江は少し機嫌を損ねたように溜め息を零した。


「だってまだ進級して一ヶ月くらいしか経ってないでしょ? 覚えられる筈がないじゃない」

「まあ、多江らしいって言えば多江らしいけどー」


それよりさ、と千波が話を進めようとしたその時、教室のドアが開いて一人の女子生徒が入って来た。
茶色がかった前下がりボブが特徴的な髪型、スカートも短く履いている女子生徒は、真っ先に篠宮亜子の元へ向かった。
正に今、多江達が話していた生徒の元へ。


「亜子ー!」

「わっ、…?」


読書中であった亜子に飛び付くような形で女子生徒は彼女にくっ付いた。亜子は驚いて手元の文庫本を机に落とし、自分の首辺りに回された腕を軽く叩いた。


「い、痛い…こーみ」

「おはよう亜子! 何の本読んでたの?」

「う、うんおはよう…痛いって」


〝こーみ〟と呼ばれた女子生徒は、亜子の言葉が聞こえていないかのように腕を解かなかった。
端から見れば仲のいい二人の光景。けれど、千波と槙は怪訝そうな顔をした。