教室には既に何人かの生徒が来ていた。
席に着いて静かに本を読む者、友達と談笑する者、机に伏せて寝る者、課題を必死で解く者――様々な生徒が居る中、多江は友人である萩野千波(はぎのちなみ)と吉川槙(よしかわまき)が談笑している槙の席に近付いた。

最初に多江に気付いたのは千波だった。彼女が「あっ」と声を上げたところで槙も多江に気付き、片手を左右に振った。


「おはよー、多江」

「多江、おはよ」

「おはよう。何の話してたの?」

「何の話? 別に大したことじゃないけど…」


千波と槙が顔を見合わせて意味深に笑ってみせると、多江は不思議そうに小首を傾けた。二人が顔を近付けながら多江に向かって手招きをしたのを見て、多江は二人に顔を寄せた。


「一番後ろの席、篠宮さん居るでしょ?」

「篠宮…?」


千波に小声で言われたそれに、多江はゆっくりと顔を後ろへ向けた。一番後ろの席――そこには確かに人が居た。長い黒髪に眼鏡を掛けた、女子生徒。ただ静かに読書をしている彼女が〝篠宮さん〟であるという認識が、多江には出来なかった。