「―――寒くない?
早く家に入らないと、風邪引いちゃうよ?」


彩が意を決して話し掛けると、英知はハッとしてその手を離した。


「ごめん、俺―――」


英知はずっと悩んでいた。
彩は啓吾の彼女なのに、自分のことを恋愛対象として見ていないのに、何を言えば良いんだろう。


何を言っても彩を困らせてしまいそうで、それが英知の一言目を迷わせる。


「ううん、私は大丈夫だから。
ただ英知に風邪引いてほしくないだけ。
今週の日曜、試合なんでしょ?」


英知は兄貴に聞いたの?という言葉を飲み込む。
それではいつもの繰り返しだ。


今までにも、彩と良い雰囲気になったことは何度かあった。
だけど、いつも照れや嫉妬のせいで話題が逸れて、思いを伝えられない。


「彩、次の試合も来てくれる?」


「―――それが…」


彩は返事に詰まる。
そして、申し訳なさそうに続けた。


「ごめん、用事があるの」


その瞬間、英知の顔が曇ったのが分かった。


今まで英知の試合の日に用事を入れたことはない。
英知がどれだけ傷付くのか分かっていながら啓吾を選んだのだから、後悔してももう遅い。