ほんまはこんな悪いことしてるんです、なんか誰にも言われへんかった。軽蔑されるのが怖かった。こうやってずっとイイコを演じ続けてれば、みんなも離れへんもん。ほんまのうちなんか知られたら誰も友達でなんかおってくれへんやろうし、家族にもきっと縁切られるわ。だって、うちのせいでいっぱい人死んでるねんで?そんなん誰にも言ったらあかんことくらいわかってる。もう17にもなるねんから。
でも、多分嘘を突き通して、誰にもバレへんかったらほんまになるんちゃう?だって、「真実」なんて、ほんまはどんな形してるかなんて誰も知らへんやん。
ほんなら、自分で作ればいいだけ。自分で真実を作ってしまえばこっちのもんやん。嘘を真実の形に変えてしまえば、それはもう嘘なんかじゃなくなる。うちは、最初から嘘なんかついてなかったことになる。
この世はうまい具合にできてるなぁ。うちみたいにズル賢くて、ほんまに悪どい人間は得するように出来てるもん。正直者はバカを見る世やもん。
なんで、正直者がバカを見るってわかってるかって?
それは、うちもちゃんと全うに正直に生きてたから。ちっちゃい時に構ってほしくて嘘ついたりしてたけど、ちゃんと罪悪感かって感じててんから。罪悪感を感じなくなって、嘘をつきまくるようになるまではちゃんと全部ほんまの事言ってたもん。
でも、正義はいつも勝つとは限らへん。…というか、正直である事が正義じゃないんかもしれへんなぁ。勝利の女神は、女神なんて名前ついてるくせにひねくれてて、嘘つきに勝ちをあげる事の方が多いねん。たまに気まぐれで正直に勝利をあげるだけ。
正直になって負けてしまって傷つくのは、ほんまに痛い。たまに、嘘ついて負けちゃっても全然痛くないし。第一嘘の方がいっぱい勝てるし。
バカを見るのも痛いのも嫌やから、生きていく為にこの術を見つけただけやよ。
うちかって最初からこんな人間じゃなかった。よかれと思って嘘ついたんやもん。
「よかれと思って」は撤回。
人に知られたくなかってん。バカにされたくなかってん。普通でありたかってん。否定されたくなかってん。自分が枠から外れてるなんて認めたくなかってん。
だって、今まではほんまに「普通」の枠から外れた事なんかなかったから。
勉強かって、運動かって、人より上手くできた。いつだって憧れられる存在やった。
皆に羨ましがられるのが快感やってんもん。この状態を崩したくなかった。絶対崩したらあかんかってん。
現状を崩さない為には嘘をつくしかなかった。平静を装って、なにくわぬ顔をして過ごさなあかん。
最初は真面目なうちの胸は針にさされてるみたいに傷んだ。罪悪感があった。
でも、そんなんも感じてられへんかった。
嘘ついてまで守りたかってん。皆の憧れであると同時に、嘘ついてまで貫き通したい事があってん。
若かったから?
ううん、違う。
本気やったから。
自分って意外と女らしいねんなぁって自覚したんはこの時くらいかな。
まだ若干14歳で、世界全部が敵に見えたもん。
イイコな自分も、嘘も、どっちもボロが出たらあかん。誰も頼りにならへんし、誰かに頼ってしまった時点で全部がぐちゃぐちゃになってまう。
そんなんあかんよ。
だって、どっちも本気やもん。
今まで時間をかけて努力して作ってきた憧れの存在。
嘘をついてでも見破られたくなかった事実。
どっちもを守りたかったから、誰にも頼れへん。そう決めた。自分一人の力で、なんとでもしてみせる。だって、友達も家族も言えば、うちの事軽蔑するもん。嘘もバラしちゃうもん。
信じられるのは自分だけ。うちが下手さえしなかったら全てがうまくいくねん。
これだけの自信があったのは、やっぱり努力して、まるでイイコのお手本みたいなコでいたからやと思う。
プライドもそれなりに持ち合わせてたし。自分やったら、やりきれるって思った。
この時は、ほんまにそう信じて疑えへんかったよ。やりきる事に達成感すらあるんじゃないかと思った。
本気になった自分って、怖いもの知らずやったみたい。
毎年の事やけど、1学期の初め、クラスメイトの顔を覚えた頃に教育実習生という名の大学生が来る。
うちは、この制度が嫌いで仕方なかった。教育実習生と言えども、生徒から見れば教師やのに、年齢なんかそんなに変わらへんやん。せいぜい7歳か8歳かそれくらい年上なだけやけど、先生って呼ばなあかんなんて、なんかムカつくし。何より、ほんのちょこっと来ただけで、馴れ馴れしくもうちらを自分の生徒やと思い込む大学生が多いやん。
大学生ってチャラチャラしてるねんなぁっていう印象しかなかった。だって、いくら教育実習に来たってみんなが先生になるわけじゃないんやろ?なんかからかわれてるみたいで嫌やった。
その大学生たちの授業は、その人たちにとったら勉強になるんかもしらんけど、うちらからしたらお試しか?って感じや。
だから、この時期は一番嫌い。下手したら梅雨の兆しが見えて、雨ばっかり続く時もある。
それでも、成績優良児のうちは真面目にノートとって、頑張ってますよアピールをせなあかん。ほんまにめんどくさい。
中学三年の春、受験を控えて勉強を始めなあかんのに、うちのクラスにもチャラチャラの大学生が来た。
授業だけじゃなくて、担任まで持つとか言い出したからびっくりした。それも、この人たっての希望らしい。
いくら大学生でも、バカにされてんのが嫌で嫌でしょうがなかった。だって、うちら受験生やで?やのに、朝から帰りまでこんな人と顔合わせなあかんなんて…。
しかも、その人はいかにも頼りなさそうな感じで、眼鏡は歪んでるし、スーツも着てるんじゃなくて、「着せられてる」感じがものすごい出てた。
でも、まぁ、ほんの少しの我慢や。ちょっと我慢して、体育祭が終わる頃にはこの人はいないんやし。気にする事ないやん。毎年のように適当にやり過ごせばいいやぁ。
内申点が欲しい優等生は、別に教育実習生に媚びるつもりも、必要もないもんな。