期待しながらも、不安になりながらも、気づいたら公園の方に向かってた。
うちはそんなプラス思考じゃないけど、雨も降ってないし、来る確率の方が高いんちゃうかっていつのまにか思ってた。昨日の時間まで、またビートルズ聞いて時間潰して、それで暗くなりかけた所を待てばいいねん。昨日みたいにしてたら、時間なんかきっとあっという間や。
そう言い聞かせて、自分にいい方に解釈して、不安が押し寄せてくるのを見て見ぬフリをした。ここまで来て、あれがほんまの幽霊でした、なんて結末はごめんやもん。今日の小テストかって、もしかしたら点数がいつもより悪いかもしれへん。小テストまで犠牲にしてんから、来てくれな困るわ!
もうほとんど八つ当たりみたいな感情のまま歩いてたら図書館が見えてきた。
裏の公園までもうすぐ。
…ん?なんか変な音せえへんかった?
図書館の方に近づくにつれて、変な音はちょっとだけおっきく聞こえた。
なんか変な超音波みたいな音。音痴なイルカの会話みたいな、間の抜けたファンファンって音がする。
え、嘘ぉ。
公園から聞こえてきてるのがわかって、もううちは落胆した。
今日は先約がいるんかぁ。それじゃぁ、ずっと待ってるのも怪しいし、その音出してる人が変質者やったりしたら嫌やもん。
帰るしかないんかぁ。今日は日が悪かってんなぁと、振り返って家路につこうと思ったら、超音波人がすっと立ったのが視界に入った。
あれ?昨日の人と似てる気がするねんけど…。
遠くで顔も何もはっきりわからへんかったのに、醸し出してる雰囲気というか、なんというか直感的にそう思った。
また元の向きに向き直って公園の中に入っていった。
心臓は爆発しそうなくらいドキドキしてた。こんなに緊張したの初めてかも。
図書館まで着いて、公園を見渡せる所まで来たら、あの変な音の正体がわかった。
ギターやった。
蚊が鳴くみたいにどの音も最後がちょっと音があがる。何してんねんやろ。ギターの事は全然知らへんけど、もっとジャカジャカ弾くものなんじゃないんや。そしたら、これって下手くそっていうやつか。
そこまで考えたら、おかしくなって吹き出してしまった。
そしたら、気づかれてしまってちょっと睨まれた。見つめ合ったままの状態で、うちはめっちゃ長い時間棒立ちしてたような気がした。
「うわーっ!遂に見つかってもぉた!」
沈黙を破ったのは、向こうの方だった。
昨日思った通り、スラッと背の高い人で、黒いTシャツにヴィンテージっていうんかなぁ?膝のとこが豪快に破れてるGパンを履いてた。昨日、うちが座ってたベンチに座って、あんまり新しそうじゃないギターを持ってた。隣のベンチにはギターのケースやろう物がどどんと置いてあった。ギター自体もそれなりにおっきいのに、ケースはまた一回り大きかった。それに、見るからに重そうやった。
あ、歩くのが遅かったのは、これが重かったからで、別に怪我してたわけちゃうんや。なんかちょっとほっとした。
見つかってしもた…?
あまりの声の大きさと見たらあかんものを見てしまったって直感的に感じて、慌てて
「すいません」
ってだけ言って走り去ろうとした。
宇宙人か未来の人かなんかわからんけど、人に見られたらあかんかったんや。そんな展開全然考えてなかったから、予想外でとにかく逃げなって思うだけやった。
あぁ、もしかしたら、うちに見られたから消えちゃったりとかするんかなぁ。それか宇宙に帰って、王さまみたいな人にめちゃくちゃ怒られるとか。人に見られたら、未来に戻れなくなっちゃっうとか。
あーあ、こういう事態も考えとくべきやったのに!迂濶やったわ。この人には、ほんま申し訳ない事してしまったわ。
こんなんで合わせる顔なんてあるわけないやん。うちが見ちゃったから、この人怒られるんやし。その腹いせじゃないけど、きっとうちが怒られる。華奢な体やったけど、肩幅が広くて筋肉質なんはさっき見てわかっちゃったから、うちなんかきっと片手とかで投げられてしまうわ。とにかく逃げな。
そんな事考えながら、手も足も焦って思い通りに動かへんくて、空をかいてるだけやったみたいやけど。
運動神経抜群のうちは、普段やったらもうとっくに図書館の方まで行けてたはずやのに、焦って動転して、うまく走りきられへんくって、しりもちをついてしまった。
あー、これでうちの人生も終わりや!この得体の知れない人にどっかわけのわからん世界に連れて行かれるんやー!
ぎゅっと目を閉じて、ゆっくり彼が近づいてくるのを待つしかなかった。今から走り出しても間に合えへんし。動揺してたから足も挫いちゃったみたいやし。
もうパニックで、わけわからんくて、神様にも仏様にも必死に祈った。どうか夢でありますようにー!
魔法でもかけられるんかと思って身構えてたうちの目の前に優しく手が差し出された。見た目はちゃんとした人間の手と同じやん。
差し出された手とほぼ同時に頭上から、これまた優しい声で
「大丈夫?立てる?」
って聞こえてきた。
ん?この人怒ってなさそうやぞ。なんでやろ。まぁ、いいや。正直今朝の雨のせいで土はぐちょぐちょで気持ち悪かったし、しりもちついた格好なんかハタから見たら不細工すぎるもん。とりあえず甘えてあの手を借りよう。
ゆっくり手を伸ばすと、向こうも、うちが手を取りやすいように近くに寄ってきてくれた。
その手に触れたら、思ってたよりもあったかくて驚いた。周りの空気はジメジメしてて、若干暑苦しいくらいやったのに、その温もりは全然不快じゃなかった。むしろ、こっちの心まであったかくなるようなそんな手やった。
手伝ってもらって、やっとこさ立って、制服のスカートについた土をはらってると、また向こうから話しかけてきた。
「ごめんな、びっくりしたもんやからつい大声出してしまってん。怪我とかない?」
やっぱり、この人全く怒ってる感じせえへん。でも、うちはまだビビったままやったから、声が震えそうになるのを頑張って抑えて
「こちらこそすいません。では…」
案外小心者なうちは早くこの場から逃げ去りたくて、その人に背中を向けて帰ろうとしたら、今度は腕をつかまれた。
もしかして、今までの優しいのは演技で、やっぱりこの人カンカンに怒ってるんや!もう後戻りできひん!
怖くて硬直してたうちに、その人はまた優しく言葉を投げてきた。
「ちょっと待ってや。せっかくバレてしまったんやし、ちょっとだけ聞いてくれへんかなぁ?今、ちょうどチューニング終わったところやねん」
「まだ始めたばっかりやから下手くそやけど、やっぱり人に聞いてもらうんが一番上達早いもんな」
恐怖で固まってるうちをよそに、その人はペラペラと喋る。しかも、言ってる事が全くわからへん。チューニングって何?上達?何の話?異世界での会話はこんなんやの?
まだパニックから抜け出されへんかったうちは、その人に促されるまま、気づいたらさっきまでギターのケースが置いてあった方のベンチに座らせられてて、その人と向かい合わせになってた。