「そちらのデータにあるように、私は死んだ事になっております。ですが、それは囮を使って逃げ出したまでです。それは、言うには容易ですが、実行するには大変な事です。こちらの世界が恐ろしく感じ、自分の感情が日に日に麻痺していく気が致しました。仇を取るよりも、自分の人生の方を優先したくなったのでございます。それで、脱走を。歴代のお嬢様方の運命は、寺田に飽きられて処刑されるのを待つのみです。私と同じように逃げ出す者もおりますが、いずれもうまくいくはずがなく、連れ戻されるのです。多分最後まで逃げきれたのは私くらいしか記憶にございません。」
「じゃぁ、今、なんでまたここに…?」

「私は、ゆきのお嬢様とは違って、寺田には大きな貸しがございますので。逃げ出して、半年ほどは普通に生活していたものの、やはり恨みは消えず、このように秘書として戻ってきたのでございます。」

うちは、ほんまに浅はかやったなぁと反省した。今いるお嬢様たちも、目の前にいる藤村も、寺田と名乗る男の影にひそむおっきな組織にどれだけの事をされてきたか、うちには想像も出来ひんかった。自分の命はってまで、こんな事、普通やったら出来ひんもん。ますます寺田が怖くなったのと同時に、藤村の決意の固さが、ちょっとやけど、わかった気がした。
「秘書に就いてから、まだ二年余りでございますが、ゆきのお嬢様のような方は初めてお見受け致しました。それだけたくさんの才能をお持ちのお嬢様を、こんなところに押し込めていることに罪悪感を感じ、ご無礼を承知で意見させていただきました。出過ぎた真似を致しまして、申し訳ございません。」

ん?それだけたくさんの才能って何のことや?考えてたら藤村がカバンの中からテープを出してきた。
「お嬢様のご自宅の私物を処分する際に、こちらが目に止まりまして。仕事ですので、中身をチェックさせていただきました。素人意見で申し訳ないのですが、初めて、温かい気持ちになれました。」

目の前に置かれたテープは、まことが曲を書いて、うちが詞を作って。いいものができたねって二人で喜んで。記念にって、まことがギターを弾いて、うちが歌って、テープに吹き込んだやつだった。
こんなモノ、もう忘れたと思ってたのに。目の前に置かれると昨日の事みたいに、鮮明に思い出せる。二人で作った最初で最後のラブソングやった。
あたしの夢 光ってる
ただ傍に居るだけ
それが何よりもシアワセ

あなたの夢 助けたげる
なにがあったとしても
あたしがあなたの一番の支えでいるから

寂しい時はすぐに呼んで
寂しさなんて あたしが消してあげる
苦しい時は傍に居させて
あなたの痛みが消えるまで 傍に居てあげる

スキなんて言葉じゃもったいないよ
もっともっといい言葉が見つからない
こんなちいさなからだじゃ抱えきれない
だって あなたは あたしの全てなんだから

あなたが涙を流したら 涙を拭いてあげる
あなたが笑顔に変わるまで いつだって いつまでだって 傍に居るよ
まことと別れて、初めて泣いた気がする。
うちはまことを傷つけてしまったけど。
まことはうちの事を忘れてしまってるかもしれないけど。

うちはちゃんと元気だからって。せめてそれだけでもまことに伝えたい。元の生活に戻って、それだけでもやり遂げなきゃ死んだって死にきれない。

「三浦さん、うち、戻りたいです。」
その日から、どのタイミングにするか、どういう風に逃げ出すか、藤村との作戦会議が始まった。
作戦会議って言っても、普段はお互いに監視されてるから、ただのメモでのやりとり。それも鉛筆じゃないとあかんらしい。ボールペンやと消されへんし、跡が残るからって。ちょっと芯の先が丸くなった鉛筆でメモにちょこちょこっと書いて、相手が読んだみたいやったら消しゴムで消して捨てる。この繰り返しやった。それも日常生活の中で不自然のないようにしなあかんかったから、メモのやりとりは一日に一往復くらいが限界やった。次のパーティーの打ち合わせとかがあれば、藤村がメモとか取る機会が多いから不自然じゃないのになぁ。
そんな時にふと、パーティーの話が来た。

「パーティーは明後日です。衣装等の打ち合わせを致しますので、今から一時間後にまた参ります。」

ちょうどランチは何にしようか選んでる時に藤村が言い出したから、思わず飛んで喜びたくなったけど、誰に見られてるかわからへんから、普通にしてた。
一時間後、時間きっかりに藤村は来て、今回はどのブランドにするかとか、どんな服が着たいかとか、いつもみたいに聞いてきた。だから、うちもいつもみたいに適当に答えてた。藤村は、メモを取るフリをして、うちの脱走作戦のことを書いてた。
藤村も、うちがいつもみたいに適当に「なんでもいい〜」って言うのがわかってたから、もう既に衣装もメイクも手配してるんかもしれん。
いつもみたいに無関心そうに犬と遊びながらも、藤村のメモを不自然のないように見てみた。
どうも、藤村がせっせと準備をしてくれてるみたいで、いつもうちの記憶を消してくれる医者を使って、当たり障りのない人から記憶を消しにいってるねんて。それで、あと残ってるのは、もうほとんどうちがよく知ってる人くらいで、そういう人に近づくのが大変やから、今困ってるらしい。そこで、藤村が提案したのは、うちが仮病を使えって事やった。