あの日、世界は音を立てて、崩れてしまった。
人は過去から逃げた。
そう、私達は、夢を持つことすら許されない。
もう泣かないって決めた。前を見て歩こう、私はそう思ったからここに立っているのだ。
なのに、あいつは私の行く手を、尽く邪魔してくれた。
「お前、なんでここにいるんだよ」
冷たい声、視線。私をあざ笑うかのように上から見下してくる。
負けたくない、そう思っても体が条件反射を起こしてしまう。
私は思わず目を背けた。
「ちゃんと、こっちを見ろ」
そう言われ、思いっきりほっぺがつねられた。
「い……痛いっ」
思わず涙が出る。
負けたくないって思ったのに、もう負けそうだ。
「だ……だって、私も役に立ちたいと思ったの」
「は?お前が役に立つわけないだろ?」
悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい。
私はぎゅっと歯を食い縛る。
泣いても無駄だ。
そんなのわかってる。
だけど、涙が止まらない。
「軍隊に入りたいなんて、寝ぼけたこと言うな」
目の前にいるのは幼馴染のカイ。
私と同じ年のくせに、やたらと落ち着いていて、
私の友達の中にも彼のファンは多い。
「寝ぼけた事なんて言ってない」
私はオウムのように同じ言葉を繰り返す。
「じゃあ、聞くが。お前は魔術の才があると言われたのか?」
「言われたわけじゃないけど、勉強して、白魔術なら使えるようになったもん」
カイは、大きなため息をつく。
「初級の治癒魔術だろ?」
「でも、まだ勉強してるし。少しでも役に立つなら」
「お前は甘いんだよ。そんな気持ちで来られても迷惑だ」
カイは立ち上がり、私を睨みつけながら唇の端っこを少し上げて笑った。
「料理の勉強でもしてろ」
何でカイは私に対していつもひどいことを言うんだろう。
昔はこんなんじゃなかった。
もっと優しかったのに。
帰り道、うつむいてとぼとぼと歩く。
涙が落ちないように、そっと空を見上げる。
真っ黒な空。
昔は空は青かったらしい。
雲が浮かんで、月が光って、星が瞬いて……
でも、私が見上げた空にはそんなものがない。
真っ黒な霧で覆われ、世界は闇で包まれている。
西暦3562年。
1000年前に起きた第3次世界大戦で地球は滅びた。
核爆弾の影響で、地球は真っ黒な霧で覆われてしまい、1000年経った今でもそれは全然晴れてくれない。
戦争が終わり、生き残った人々は科学を捨てた。
自然の力で生きていこうと決心した。
そこで生まれたのが人間の潜在能力と自然の力を活用する「魔術」という力だった。
「おいっ、ソラ」
ふいに後ろから肩を叩かれた。
「きゃっ」
私はびくっとして振り返る。
「なぁんだ、リクかぁ」
そこにはニヤニヤ笑ったもう一人の幼馴染のリクの姿。
「カイがカンカンだったぞ」
「だぁってぇ……」
私はほっぺたを思いっきり膨らませ、その場にしゃがみ込む。
「また泣かされたのか?」
私はうつむいたまま首を縦に振った。
「しょうがないなぁ」
「しょうがなくないよ」
リクは笑う。
「カイはソラが心配なんだよ」
「私、いつまでも子供じゃないもん」
私はリクを睨みつける。
カイの前では強張ってしまう私だが、リクとはこうやって笑顔で話ができる。
「リクもカイも軍隊に入るなら私だって入りたいよ」
リクは困ったように私の隣にそっと座った。
「俺とカイは、オヤジが軍人だから、しょうがないんだよ」
リクもカイもお父さんが由緒正しい軍人で、色々表彰だってされている。でも、それを言うなら私の父だって立派な魔術師だった。
「私のお父さんも魔術師だったわ。まあ、黒魔術だったけど」
「黒魔術は生まれながらの才能がいるだろ?ソラには学園で検査した時にその才がなかったじゃないか。まあ、俺たちもだけどな」
リクとカイには魔術の才能が無い。だけど、剣の腕なら学園でもトップクラスだ。
「でも、私だって志願してもいいでしょ?頑張って勉強してるんだし」
「いや、軍隊ってそんなに簡単なものじゃないから」
「だって別に今の時代には戦争なんてないじゃない。軍隊って言ってもただの警護なんでしょ?」
私の問いかけに、リクの大きな瞳が更に丸くなる。
「……そうだな」
リクはそう言い、立ち上がる。
「もう遅いよ」
「は?」
「だって、私、白魔術の洗礼を受けちゃったもん」
リクは更に目を丸くする。
「はぁ?」
私はにやりと笑って見せた。
それは、精一杯の強がりだった。
リクの顔がみるみる暗くなる。
でも、私は全くと言って良いほど、その事に気が付かなかった。
私の髪の毛は生まれつきカールがかかっていて、
小さい頃はこの髪型が死ぬほど嫌いだった。
サラサラの髪の毛のルナがとても羨ましくて、
母のブラシを借りて毎日ブローをしていたけど、
うまくいかなくて泣きべそをかいていた。
そんな私のやっかいな髪の毛を、母が真っ赤なリボンを使って
2つに縛ってくれた。
フリルがついたチェックのワンピースも作ってくれた。
別段変わったところの無い、何の変哲も無いワンピースだったが
私はそれがお気に入りだった。
私はどこにでもいる普通の女の子のはずだった。