その時だった。
周りの女子達がざわざわしだした。
「あ、来たわ」
「私、クッキー作ってきたの」
「今日渡せるかな?」
振り返るとリクとカイが歩いてくる。
「あ、リク、カイ」
私は反射的に声をかけた。
「おお、ソラ」
笑顔で手をぶんぶん振るリク。
カイは私を一瞥しただけで表情を変えない。
「ソラお前、明日時間ある?」
「え?明日?夕方なら」
「明日も儀式の訓練か?」
刺すように私を見つめるカイ。
「おい、カイ」
「別に……」
私は頬を膨らませ、カイを睨みつける。
「明日、家に行ってもいいか?おばさんにも会いたいし」
「え?うん。いいよ」
「カイ、お前も行くよな?」
カイはめんどくさそうに頭をかく。
「どっちでもいい」
その言葉が終わった瞬間、周りの女子達が2人に群がる。
「もう、何なのよ。何であいつらがこんなに人気あるのよ」
私はぼそっと呟き振り返る。
「ねぇ、ルナ……え?」
ルナは真っ赤な顔をしてうつむいていた。
「……」
私は何も言えなかった。
ルナの真っ赤な顔を見て、何となくわかった。
ルナの好きな人は、あの2人のどちらかだ。
どっちが好きなの?
そう聞けばよかったのかもしれない。
でも、何も聞けなかった。
何故だかわからないけど。
熱っぽい顔をして俯いているルナは、手に持った本を私に押し付けるように渡すとその場を離れた。
私はその光景をただ、見つめていた。
リクとカイは、まだ女の子に囲まれていた。
殆どの生徒は帰ってしまった。
図書館に残っているのはほんの数人だ。
端っこの席は私の定位置だ、と勝手に決めている。
カバンからノートやペンを取り出し、
誇りにまみれた本の表紙をそっと開く。
神の啓示。
治癒術の論理。
自然界の摂理。
そして、白魔術の歴史。
様々な事が事細かに書かれている古文書。
古代文字が入り混じった文章は解読するのにとにかく厄介で、何度も何度も同じところを読み込む。
声に出して読み、紙に書き、意味を理解しながら目を動かしていく。
「ああっもう!」
私は本を閉じて思いっきり背伸びをする。
何度も何度も逃げ出したくなる。
だけど、私に逃げる場所は無い。
何で、私には黒魔術の才が無いんだろう。
父はあんなに偉大な黒魔術師だったのに、私には何もない。
だから、努力するしかないんだ。
それしか方法はない。
だって私は……
太陽の光と共に目が覚めるなんてことはこの世界にはない。
けたたましい目覚まし時計の音が鳴り響く部屋。
「う……」
ベッドから手だけ出して時計を止めようとするリク。
しかし、非情にもその手は払いのけられる。
「おい、リク。またあの鬼教官にどやされるぞ」
冷めた目のカイが、リクの布団を思いっきりひっぺがそうとする。
「ちょ……何すんだよ」
リクはあくまでもそれに抵抗する。
「今日は試験だろ」
カイの言葉に真っ青な顔で飛び起きるリク。
「ったく」
制服を身にまとったカイはさっさと部屋を出て行く。
慌てて制服に袖を通すリク。
部屋の中にはリクしかいなかった。
高等士官学校の訓練期間に突入すると、生徒は寮生活を余儀なくされる。
リクとカイも例に漏れず、男だけの4人部屋で厳しい寮生活を送っている。
起床時間と消灯時間の管理はもちろんの事、食べるものや着るもの、外部との連絡ですら教官の監視下のもと、全ての自由を奪われ、軍人としての基礎を叩き込まれるのだ。
「今日は朝メシ食べる暇無いよな」
お腹を押さえ、走るリク。
「……これ、食え」
カイはリクにこっそりとリンゴを渡した。
「見つかるなよ」
「さんきゅ」
美味しそうにそれにかぶりつくリク。
「カイ、お前、寝なくて大丈夫なのか?」
「俺は短眠なんだよ」
「何だ?それ」
カラカラとした笑い声が響く。
「あ」
リンゴをもったまま何かを思い出したように立ち止まるリク。
「何だ?リク」
「今日、試験終わったら一時帰宅できるよな?」
「え?ああ。そうだな。何かあるのか?」
「いや……」
リクはリンゴを持ったまま困惑を示し、思わず黙り込んだ。
「ソラに会うのか?」
「……えっと」
カイはリクを一瞥すると、何も言わずに歩き出す。
「だって、お前、認めてないだろ?ソラの洗礼の事だって、高等士官学校の入学の事だって。ソラ、傷ついてたよ」
カイは一瞬狼狽したような顔を見せたが、何事もなかったかのように真顔に戻り、また無言で歩き出す。
「カイっ!ソラの話だって聞いてあげなきゃ駄目だよ。俺たち、3人で親友じゃないか」
カイは無言で振り返る。水色の瞳が緋色に輝く。
「お前、わかってるだろ。どれだけ軍隊が危険か。それに……」
カイの口調が荒くなる。
息を呑むリク。
「あの事、ソラに言えるのか?」
リクの掌から、真っ赤なリンゴが落ちた。