階段を下りていくお母さんを見送ってあたしはそっと耳を近づけた。
「…も、もしもし…」
「……よかった…」
「え?」
この声は……た、猛?
「お前、電話でねーから…」
「あっ…」
急いで携帯の電源をつける。
予想以上の件数にたじたじ。
悪いのは、猛だよ…
「昨日の話、ちゃんとしたい。今日の夜、家で待ってろ」
「い、いやっ…」
「お前に拒否権はない。黙って言うこと聞いてろ」
「なんで猛の言うこと聞かなきゃなんないの!?あたしはっ…」
あたしは…
本物の彼女じゃない…――――。
自分で言おうとした言葉が胸に深く突き刺さる。
「あたしはっ…」
それ以上は、喉から出てこなかった。
何か言わなきゃ…
「俺は、お前の彼氏だろーが。」
ほら、そうやって心を揺さぶる。
不安で黒く染まった心が白く、温かく溶けていく。
一番欲しかった言葉をくれる。
ずるいよ…
「じゃーな」
ぶっきらぼうに電話を切った猛。
あたしは、室内で降らない雨を流した。