美嘉とは高校に入ってからのまだ短い付き合いだけれど、それが怒っているときの顔だとアタシにはすぐにわかった。
「麻衣、話があるの。ちょっと付き合ってくれない?」
「でも、これからホームルームだし……」
「いいからついてきなさいよ」
 美嘉はアタシの腕を痛いほど強く握って、引っ張った。
「痛いよ、美嘉」
「うるさい」
 アタシは美嘉に連れられて、廊下を早足で歩き、
「おい、これからホームルームだぞ」
 すれちがった担任の棗先生がアタシたちの背中に言った。
 アタシは片手で、ごめんなさいのジェスチャーをした。
 棗先生は二七歳で、教師になって五年目もたつのに、童顔のせいでいまだに教育実習の大学生にしか見えない人だ。
 いい加減で適当で、朝礼の校長先生の長話をアタシたちといっしょになってあくびをしながら聞いているような、ちっとも先生らしくない人だった。
 先生たちからの評判はあんまりよくないらしいけれど、アタシたち生徒からはすごく人気がある。
 アタシも棗先生に少しだけ憧れていた。
 後でちゃんと謝らなくちゃ。アタシはそう思いながら美嘉に腕を引っ張られながら廊下を歩いた。
「どこ行くの?」
「屋上」
 アタシたちの学校は三階建てで、一年生は校舎の三階に教室がある。教室は二年生になると二階に、三年生になると一階になる。
「日本の古き良き時代の風習、年功序列ってやつだな」
 と、棗先生は、入学したての頃、三階まで階段を登るだけで朝からヘトヘトになっていたアタシたちにそう言った。
 美嘉は屋上に続く階段に足をかけた。
「屋上への立ち入りを禁ずる」
 階段には柵があって、そんな張り紙がされていた。
 美嘉が柵を乗り越えたので、アタシも柵に足をかけた。
「屋上なんて鍵かかってて入れないよ」
「いいの。鍵なら職員室から借りてきたから」
 美嘉はスカートのポケットから鍵を取り出して見せた。
 たぶん先生たちの目を盗んでこっそり持ち出してきたのだ。