アタシが呟くと、
「案外悪いものじゃないよ」
 凛がそう言った。
 したことあるの?
 なんて、こわくて聞けなかった。
 電車は、もうすぐ秋葉原につく。



 アタシは凛のお兄さんのことを、電車男に出てくるような典型的なオタクの人だと思い込んでいた。
 A―BOYっていうんだっけ。
 何が入ってるのかわからないけどパンパンに膨れ上がったリュックを背負って、バンダナを頭に巻いて、シャツをズボンに必ずインしてる感じの。
 ちょっといやなにおいがするような。
 お兄さんのことが大好きな凛は、つまりはそういう男の人が好みなわけで、アタシはこの子は絶対幸せになれないんだろうなと思ってた。
 だから秋葉原の駅で、凛に手を振っている男の人を見つけたときも、凛がその人をお兄ちゃんて呼んだときも、アタシは驚いて何度もまばたきを繰り返した。
 凛のお兄さんは、まるでモデルみたいにすらりとしていて、まだ最近日本に上陸したばかりのcrying faceのスーツを見事に着こなしていた。
 黒縁のセルフレームのメガネがよくにあっていて、音楽レーベルか何かをしていそうな感じだった。とてもこの人が夜な夜なアイコラを作ってるなんて想像できなかった。
 凛が他の男の子にあんまり興味がないのがよくわかる気がした。アタシだってこんなかっこいいお兄ちゃんがいたらきっと好きになってしまう。
「この子が麻衣ちゃん?」
 声もテレビでよく見るオタクのように早口でも甲高くなくて、落ち着いたゆっくりとした話し方だった。
「はじめまして。凛の兄で、ツムギといいます」
 だけどケータイのストラップにはアニメキャラのデフォルメフィギュアが何十個もついていて、
「お昼まだでしょ。お腹すいてるよね」
 案内されたのはメイドカフェだった。
 アタシはこんなにかっこいい人がオタクだなんて信じられなかった。
 秋葉原にはいろんな人がいる。