こんなこと考えてる自分が虚しい…。
愛しい人の死期がわかるからって、こうやって計画を立てて、ヒカルを死なせない努力さえしない…。
望みがなくても、何か前例があるかもしれないのに…。
心の中で諦めている自分が憎い。
────…
──…
今日一日はこのことばかり考えていたため、案外早く学校が終わった。
コートを着てカバンを背負っていると、ヒカルがこちらへ向かってくる。
「ヒナ、帰ろう」
毎日下校はヒカルと一緒。
今日はあまりにも極端にヒカルを避けすぎたため、自分でも申し訳ないと思っていた。
記念日前だというのに壁を作りたくない気持ちが強く、本当は一緒に居るのは辛いが、私は笑顔で頷いた。
“Remaining 29 days”
の文字を見ないようにして──。
「…またそれ読んでいるのー?」
玄関に着き、靴を履き替えようと目線を落とすと、ヒカルの手には一冊の文庫本が握られていた。
それは何度もヒカルの手に握られているのを見た事がある本。
「いやー、この人の座右の銘が本当に好きだから。
──人はいつだって死に向かって生きている。
──人は必ず死が訪れる。
──だからそれまでの人生を精一杯歩こう。
って、まじかっこ良くない!?」
人はいつだって死に向かって生きている…。
この名言を何度もヒカルに聞かされて、前までは、当たり前の事じゃん。としか思っていなかったのに…。
今は…心臓が苦しくて仕方がない。
冷たい外気に触れ、より一層胸が苦しくなる。
「…人はいつだって死に向かっている…、か」
「うん。俺らには必ず死が訪れる。だからそれまでの人生を精一杯一緒に歩こうな」
そう言ってヒカルは私の手を握り、満面の笑みを見せた。
ヒカルの手は温かくて、自分達は“生きている”と、そう訴えるような気持ちが伝わってくる。
…ねぇ、ヒカル。
私はずっとヒカルと生きていたいよ。この先、ずっと。
だから────
「…うん。私がおばあちゃんになって、ヒカルがおじいちゃんになるまで、一緒に精一杯生きよう」
──私はヒカルを絶対に死なせない。
寿命だろうが、死神が居ようが関係ない。
このヒカルの笑顔を絶対に失わせたりなんてさせない──。
「そうだな──」
歩幅を合わせて歩きたい──
「テスト終わり!用紙は後ろから前に送って」
生物の先生がそう叫んだ瞬間、さっきまで静寂に包まれていた教室が一気に活気を取り戻した。
そして、四限目の終わりのチャイムが鳴り響く。
「ヒナ~、テストどうだった~?」
口を尖らせて、弁当を片手に、アズキは私の元へとやって来た。
「10分前に覚えたから大丈夫だったよー」
「え!私なんて昨日も勉強したのに全然出来なかったよ!流石、記憶力は抜群ヒナさん」
そう言ってアズキは自分の弁当を頬張る。
確かに昔から記憶力だけは人並外れていた。この記憶力のおかげで、勉強もそこそこ出来る。
…でもそれが仇になる時もあるけどね──。
「あ、今日の昼休み、図書室行ってくるね」
「図書室?珍しいね」
アズキは顔をキョトンとさせながら言った。
「ちょっと調べ物したくて」
この学校の図書室は、市内の図書館に負けないくらい大規模で、一般の人も訪れる程環境が良い。
パソコンやタブレット機器などもあり、唯一学校の誇れる場所。
入学して、授業以外では訪れた事がないため、アズキが目をまん丸く開けて首を傾げている。
私は即座に弁当を食べ終え、アズキに『ごめんね』と言い図書室へ向かった。
ほとんどの人は向かわない第二校舎へと小走りで行く。
もちろん、図書室へ行く目的は、ヒカルを死なせない方法を調べるため。
どんな些細な事でもいいから、手掛かりになる本を見つけられたら良いな──。
図書室の前に着き、ゆっくりドアを開けた。
開けた瞬間に、本独特の香りが漂ってくる。
…いつ見ても広いなぁ。少し古臭いけど。
そう思いながら、静かな図書室へと足を踏み入れた。
図書室の中に、人は図書委員の人と、受験勉強をして居る人、ほんの数人しか居なかったのが幸い。
周りを気にせず本を探せる。
「入室者は名前を書いてください」
入口の横に居た図書委員の人に無愛想にそう言われ、しぶしぶ渡された入室者カードと鉛筆を受け取る。
…もうちょっと愛想良くても…。
名前の字を適当に書き、箱のカード入れにいれようと勢いよく箱にカードを入れると、その反動で箱が地面に落ちてしまった。
その中に入っていたカードも床に散らばる。
「…」
…最悪…。
ふぅ、とため息をつき、手早くカードを集めた。
「あ…」
カードを集めていると、見覚えのある字が書かれているカードを見つけた。
それは紛れもなくヒカルの字──。案の定、入室者の横の名前記入欄には“杉谷ヒカル”の文字。
日付は昨日の昼休み。
…ヒカルも昨日図書室に来たんだ。確かに昼休み、教室にいなかったし。
授業サボるのには最適だって言っていたからよく来てるのは知ってたけど…。
「はっ」
こんなところで水を売っている暇はないんだった!昼休みがなくなってしまう!
気づけば昼休みは残り20分。
私は慌ててカードを拾い、図書室の奥へと進んだ。
──し、し、し──。
まずは“し”の段から探す。“死神”の文字を──。