彼氏の余命を知ってる彼女。



ヒカルは大丈夫と言うが、電話からはシャープペンの進む音が聞こえてくる。


きっと、勉強中だったのだろう。


「…ううん。ただ声が聞きたかっただけ…。勉強中だったんだよね?邪魔してごめんね。じゃあ…」


『待って』


じゃあね、と電話を切ろうとした時、電話の向こうで力強い声が響いた。


歩いていた足がピタリとその場で止まる。


「ん?」


『…ヒナ。俺はずっとヒナと一緒に居るから。精一杯人生を歩んで。

──じゃあまた明日な』


プツッと音と共に通話が切れた。


    


切る前に言った言葉はまるで、私の心の中に秘めている事に気がついているみたいで──。


そんなはずは絶対にないけど──…、何故かそんな気がする。



“俺はずっとヒナと一緒に居るから”


そう、その言葉はまるで魔法の呪文かのように私の心に溶け込んでゆく。



デス・クロックの事をしらないヒカルからこんな言葉が聞けるなんて。


普段のヒカルなら恥ずかしがって絶対に言わないのに──。


…でも、この言葉を聞いて私の中の迷いはなくなった。


    




──きっとヒカルもアズキと同じように私の変化に気づいていたんだ。


だからそんな私を安心させるために今の言葉を言ったんだろう。


「…絶対に…、絶対にヒカルを死なせない。私自身がどうなったっていい。ヒカルが死ななければ──」


携帯をギュッと握りしめて、静かに呟いた。


それは誰に言い聞かせているわけでない。


自分自身に向けての言葉──。



頬を伝う涙を拭いながら、空にある満月を見ながら私は家に続く道をまた歩き出した──。


    


 ──恋するモノ

    


「あはは!それで?」


「それで母ちゃんが犯人追いかけて!」


「あはは!面白過ぎ!」


──昼休み、弁当を食べながらヒカルのお母さんの昨日あった出来事の話を聞いて爆笑していた。


アズキは隣のクラスの彼氏と一緒にご飯食べると言って、食堂へ行ってしまった。


私とヒカルは裏庭で芝生の上で弁当を食べている。


今日は気温が高く、風もない事から、私からヒカルに裏庭で弁当を食べようと誘ったんだ。


裏庭には誰もいなく、ヒカルと二人っきりの空間に居るみたいで心地いい。


ずっとここに居たい、って思ってしまう。


    


「ヒカルママってパワフルだよねー!私、ヒカルママ大好き!」


パクッと唐揚げを口に含みながら言う。


「大阪のおばちゃんみたいだよな。万引き犯追いかけるとかありえねぇ。

母ちゃんもヒナの事気に入ってるぞ。早く嫁にこないかなっていつも言ってる」


ヒカルも玉子焼きを口に含みながら口を尖らせて言った。


「嬉しいー!ヒカル、早く私を嫁に貰ってよ」


隣に座っているヒカルの視線に入り込み、顔を覗き込む。


すると段々ヒカルの顔が赤くなっていくのがわかる。


    



「…からかうな、ボケ」


私から顔を背け、静かに呟くヒカル。


そんなヒカルを見てクスクス鼻で笑っていると、誰かの足音がこちらに近づいて来た。


ふと横を向くと、頬を紅潮させた女子生徒が私達を見ながら向かって来る。


え?と不思議に思っていると、私を通り過ぎ、ヒカルの前に立ち、口を開いた。


「あの!杉谷先輩!」


「え?」


突然、名前を呼ばれ、キョトンとするヒカル。


同じく私もキョトンとしてしまう。


    


“先輩”を付けて呼ぶっていうことは、この子は一年生なのだろう。


その一年生は、目がぱっちりしていて、栗毛のフワフワヘアーがとても似合っていて、誰もが可愛いと 納得するような子。


一瞬にして、この子がヒカルに何の用なのかわかった──。


「…彼女さんには悪いんですけど、お話があります。お時間、いただけませんか…?」


上目遣いをし、私をチラチラ見ながらその子は言う。


    


「うん?ここじゃダメな話し?」


目を丸く開けて口調も変えずにヒカルは一年生に聞く。


そんなヒカルを見ながら私は心の中でため息をついた。


…ヒカルは自分の恋愛以外にはとても疎い。ヒカルに好意を抱いている人は沢山居るのに、一ミリたりとも気付きもしない。


それで何回私にとばっちりが来たことか…。


…この子も、私からすれば迷惑な存在だけど、ヒカルの疎さには同情してしまう。