「胡桃?」


「ん……」

小さく名前を呼ばれて、自分がソファーの上で眠り込んでいた事に気が付いた。


あぁ、そうか。

家に帰って、春希を待っていて……。


「風邪ひくぞ」

「……」

「どうした?」

コンタクトを付けっぱなしで寝ていたせいで、目が乾いて視界が少し霞む。


「……春希? 」

「ん?」


“帰って来たんだ”

何故か、そんな言葉が口をついて出そうになって、それをゆっくり飲み込んだ。


「今何時?」

「三時ちょい」

振り向いて、壁にかかった時計を確認した春希は、小さくそう言葉を落として、私の頭をそっと撫でる。


「……飲んでたの?」

その体から、フワリと香ったお酒の匂い。


「篠崎と、ちょっとだけな」

そう言って笑った春希の笑顔は、いつも通りの笑顔だった。


“研究室戻ってくると思って、待ってたのに”

“さっき、どうしたの?”

“松元さんと、何かあったの?”


「……」


“――何の話しを、していたの?”


聞きたい事は、頭の中にたくさん浮かぶのに、それを上手く言葉に出来ない私は、静かに春希を見上げていた。


「帰り、及川さんに送ってもらったの?」

「え?」

突然ポツリと落とされた、春希の言葉。

それにだって、ちゃんと意味があったのに……。


「うん」

「そっか。悪かったな」

「……ううん。大丈夫」

こんなこと、初めてだった。

まるでお互いの腹を探り合うような、そんな会話。


「春希……あのさ」

いつまでもモヤモヤした気持ちでいるのは嫌だからと、やっと決心をして口を開いた私の上に、影が出来た。


「……え?」

驚きの声を上げるのと、ほぼ同時だったと思う。


突然、春希の体が覆いかぶさってきて、さっきまで寝ていたソファーの上に、私を押し倒したんだ。