「悪いけど、ここ使うぞ。まだ話し続けるなら他でやれ」

少し苛立ったような聡君のその一言に、春希が小さく息を吐き出したのがわかった。


「いえ。別に大した話じゃないんで」

「あっそう。……胡桃、電顕のデータ見して」

入口で立ち尽くしていた私は、聡君のその声にハッとした。


「胡桃。時間ないから」

「あ……はい。これ……」

「ありがと。ん~と、前のデータは?」

まるで、何事もなかったかのように椅子に腰を下ろし、さっきまで私が撮っていた、電子顕微鏡のデータを眺める聡君。


その聡君に、何かを探るような視線を送っていた春希が、ゆっくりと口を開いた。


「……及川さん、今日はどうしたんですか?」

いつもよりも、ほんの少し低いその声に、なぜか心臓が嫌な音を立てる。


「……何で? いつも通り、研究の指導だけど?」

「胡桃と一緒だったんですね」

「あー、電顕室の前で偶然会った」


データに視線を落としたまま、淡々と春希のよくわからない質問に答え続けていた聡君だったけど……。


「城戸」

ゆっくりとその視線を上げると、春希を真っ直ぐ見据えた。


「……はい」

「何か聞きたい事があるなら、ちゃんと聞け」

「……」

「それが出来ないなら、くだらない想像も、詮索もするな」


“想像も、詮索も”?


聡君の言葉の意味を考えているその間も、私の胸の嫌な音は治まる気配がない。


真っ直ぐ視線を合わせたまま何も言わないでいる二人から、私はゆっくりと、松元さんに視線を移す。