「胡桃! どうだ? マクロファージ、元気になってた?」

真っ暗な電子顕微鏡室から出た瞬間、正面から歩いてくる人物に、そんな言葉をかけられた私は、廊下の明るさに目を細めながら笑ってしまった。


「聡君、“マクロファージ、元気になってた?”って、ちょっと前まで研究やってた人の表現じゃないと思うんだけど」

「あははっ! “マクロファージの貪食能および、活性酸素の産生能は上昇してた?”の方がいい?」

「それも堅苦しい」

その日は聡君が久々に大学に顔を出した日で、くすくすと笑う私を見て、聡君は何かにホッとしたみたいに柔らかく笑う。


「元気そうだな」

「うん。おかげ様で」

「そっか、なら良かった」

こうして二人並んで、研究室までの廊下を歩くのは本当に久しぶりな気がする。


「あと数ヶ月で、胡桃も卒業かぁ」

「ねー。早いよね」

他愛もない話しをしながらしばらく歩いて、病理学研究室の扉を開こうとしたその時だった……。


「あんたに、何の関係があるの?」


――え?


聞き慣れたいつもの声よりも、数段低いその声に、ドアノブに伸ばした私の手がピタリと止まった。


「……」

「今の、城戸の声か?」

隣の聡君も、少し驚いたような声を上げ眉間にシワを寄せている。


「そうだね」

“どうしたんだろう?”

そう続けようと、唇を開きかけたんだけど……。


「だって、おかしいじゃないですか。ハルキさんだって、本当はそう思ってるんでしょ?」

「――……っ」


“ハルキさん”?


聞こえたのは、

「松元さん、いい加減にしろよ」

春希と、“松元さん”。

松元 詩織……“しーチャン”の声だった。


伸ばしたままになっていた指先を、ギュッと握りしめる。


どういう事?


固まったように動けなくなった私の喉元から、唾を呑み込む音が自棄に大きく聞こえた。