「……先輩、俺さ」
そのとき栄治のつぶやきが、玲子の背中をそっと包み込む。
「俺、リーシュコードは、もうとっくになくなってると思ってたよ。
砂浜から、暗い窓見上げるつもりでここに来たんだ。
そうやってあの頃を思い出してから、鉄平さんを訪ねてみよう……なんて思ってた」
玲子は、振り向きもしないで栄治の声を聞いていた。
視界が水彩画のようににじんでいる。ボトルのラベルすらもう読めない。
「……玲子先輩、どうして?
あのとき俺に言ったよね。昔から誠さんのことが好きだったから、長野について行くって。
だから……だから俺、先輩は誠さんと結婚して、
向こうで暮らしてるってずっと思い込んでたよ」
一呼吸分の沈黙の後、栄治はゆっくりとそう言った。