Ⅴ パラダイスにいた時代



 舵輪を模した時計の針は、約束の10時半を指そうとしている。



 玲子は、厨房で食器洗い機の熱気を浴びながら、

華奢なグラスにまとわりついた洗剤の泡を洗い流していた。



 Leashとcordの文字が瞬きのリズムで点滅するネオンは、すでに消してある。

 

 遅番のスタッフたちは、友達が来るからと言って一足先に上がらせていた。



 玲子はグラスを全てすすぎ終えると、エプロンを外しながら壁の鏡をのぞき込む。



 意志の強そうな細面の顔は、脂が浮いて疲れて見えた。


 
 仕方なくフロアの間接照明をギリギリまで絞り、引っ詰めていた髪をほどいて手櫛で整える。 



 そしてしばらく迷ってから、携帯を取り出し、1番の登録ナンバーを呼び出した。



 だけどコールが何度か響いた後、それは留守番電話に切り替わる。



 そのときドアの開いた気配に気づき、玲子は、通話を切るとカウンターの内側に回りこんだ。