やがてひとつのうねりに運命を賭けた栄治が、
タイミングを計り、ボードを腹ばいで漕ぐパドリングを始める。
そして走りだしたボードに両手をついて、上半身を起こした。
スタンドアップの準備だ。
おかあさん。
そのとき玲子は、小さくそうつぶやいていた。
母を亡くした9歳のときから10年間、玲子の支えはサーフィンだった。
暑い夏も冷たい冬も、なによりも愛したもの。
晴れた日に海中から見上げる波の軌跡、ボードが弾く水しぶきのきらめき、うねりと呼吸を合わせてひとつになる一体感。
永遠になくした愛するもの。
玲子の左膝から心臓、喉の奥を伝って、熱い塊が競り上がってくる。