だけど。
そのとき潮風を震わせた狂ったようなモーター音は、
一度耳にしただけで首筋の産毛を逆立たせる不吉な響きを持っていた。
振り向く玲子に血の色をしたジェットスキーが迫り、
大きく旋回するとそのポニーテールに盛大なしぶきを浴びせかける。
ボードから落ちた玲子は、誠と視線を交し合うと、うなずく間も惜しんで浜に戻ろうとした。
ジェットスキーのガソリン臭い軌跡が消えるが早いが、
最初に来たうねりを捕らえ、ボードにスタンドアップする。
その瞬間、灼熱の日差しで海面が油のように光り、狂気をはらんだ重低音が急速に近づいてきた。
「馬鹿、立つな!」
誠の絶叫が銃声のように響く。
それから先のことは、なにも覚えていない。