そのときの玲子は、リーシュコードの店主としての自覚など欠片もない、
世間知らずの馬鹿な女だった。
玲子が長野に行ってしまえば、
リーシュコードはその扉を永遠に閉ざすしかなくなり、
栄治は職と家とを同時に失うことにすら、そのとき初めて気づいたのだから。
……いっしょにリーシュコードで頑張っていくんじゃなかったのかよ?!
俺に厨房の仕事も教えてくれるって、先輩、約束したのに!
臓腑を吐き出すようにそう叫び、涙を浮べた17歳の栄治の姿は、
今も苦い後悔と共に玲子の胸に刻まれている。
玲子は、深く息を吐くと、
声に出さずにバックバーに並ぶボトルのラベルを端から順に読み上げ始めた。
それは、涙を止めるための儀式だった。
栄治の前で泣く資格などないことは、玲子自身が百も承知している。