〈尊side〉
博貴さんから電話が鳴った。
咲を連れて銀杏並木に行くらしい。
何ヵ月も咲の帰りを待つのは、大学を卒業してから初めてだ。
結婚して単身赴任してるならいざ知らず、近くにいるのに離れて暮らすなんて、考えてみるとおかしな話だ。
電話は咲の記憶が戻って帰ってくるのかと思った。
でもそれは博貴さんの気遣いで、咲の記憶はまだ完全じゃなかった。
ショックだった。
結婚したことまで忘れてるなんて。
咲はまだまだ博貴さんに甘え足りないのか。
それとも俺とのことはどうでもいいのか。
ただ咲の笑顔が俺の望んでいた顔になってる。
…果たして咲は俺のところへ帰ってきてくれるのか。
結局、咲の笑顔を取り戻したのは俺じゃなかった。
俺は…できなかったんだ。
…咲のために何ができる?
何をすればいい?
ふっ…バカだな。
俺のために咲に何かをして欲しいと望まないのと同じで、きっと咲も俺に何かをして欲しいなんて思ってないだろうに。