7月の球場は賑わっていた。牙オッテスタジアムのデーゲーム。飲食ガイアンツとの交流戦。日射しが暑い。外野席はファンのユニホームで白一色に染まっていた。とにかく熱気と歓声にくらくらした。近くに住んでいながら、牙オッテスタジアムに来たのは初めてだった。野球を知らない宇美でもゲーム展開と熱気はすぐに感じ取れた。宇美と速水は内野席にいた。ジトッとした汗が額に浮かんできた。
「悪いなぁ、お前は飲めないのに…。」
といって速水は右手に持った朝木ビールを口にした。「気にしないっスよ。」
宇美は本心で言った。
「そうか。なら、たくさん食えよ。」
おつまみのカキピーの袋を左手で差し出した。
「じゃあ、いただきます。」
宇美は遠慮なしに右手を袋に突っ込んだ。
速水は一人で盛り上がっていた。たまに点が入ると、「オーッ」
と叫んで、宇美にハイタッチを求めた。はしゃぐ姿はまるで子供みたいだった。速水は野球を知らない宇美を責めたりしなかった。見た目は親子だった。宇美は不思議な気持ちになった。親父とも野球を見に来たことがないのに、先生と来て盛り上がっている。宇美はなんだかわからないけれど、熱く込み上げる感情に興奮した。
「どうだ、おもしろいだろ?」
「ハイッ。」
「よしっ、じゃあ、また来るか。」
「是非お願いします。」
正直まだ何がなんだかわからなかった。ただ、雰囲気は嫌いじゃなかった。いい男達が必死になって戦っている姿に感動した。速水とならまた来てもいいと思った。バックスクリーンにアップになった選手の顔がかっこよかった。野球選手がモテる理由が何となくわかった気がした。
別れる時、いつものように右手を差し出して速水が言った。
「なぁ、木村。学校では先生と生徒だからな。」
と。宇美は速水が学校とプライベートでけじめをつけたいという意向を汲み取って
「はい、わかりました。」と答えて握手した。速水の手はやわらかかった。こうして二人は野球をきっかけに交際を始めた。