6月のジメった天気は気分をいっそう憂鬱にした。そんな折り、速水から来月野球を見に行かないかと誘われた。なんでもファンクラブに入会した特典で、タダ券があるというのだ。宇美は野球が嫌いだった。小さい頃、野球が原因で父親の勲とけんかをしたことが原因だった。当時、宇美は見たいテレビアニメがあった。しかし、勲にチャンネルを奪われて、見せてもらえなかった。勲に懇願すると彼は言った。
「そんなことは一人前に稼ぐようになったら言え。」と。またあるときは野球の中継が延長したせいで、ビデオ予約しておいた歌番組がとれなかった。勲は飲食ガイアンツの大ファンだった。負けると機嫌が悪くなって公や宇美にあたった。いろんなことが積み重なって、宇美はいつしか野球を嫌うようになっていた。だから野球のことは全く知らなかった。でも速水にせっかく誘ってもらったので、行くことにした。速水と二人で遊びに行くことに何も抵抗は感じなかった。
宇美はTシャツにジーンズで出かけた。待ち合わせ場所の検見山駅改札に現れた速水は年甲斐もなくTシャツにカジュアルベスト、カーゴの短パン姿で少年みたいだった。宇美は紺ブレに灰色スラックスの堅いイメージしかもっていなかったので、いつもとのギャップに驚いた。学校以外で速水と会うのは初めてだった。球場に向かう電車の中で宇美が過去の話をしたところ、速水はハハハッと笑い飛ばしてこう言った。
「木村、過去は過去さ。これから変わればいいんだよ。」
そんなポジティブで前向きな速水に宇美は人としての大きさを感じていた。