宇美の高校は自宅から10分くらいの所にあった。県立検見山高校。偏差値は60の一応、進学校だ。宇美は1年生だった。もうすぐ2年に進級だというのに、まだ学校に慣れていなかった。全力で自転車をこいだから、学校に着いた時点でへとへとに疲れていた。朝飯を食べないから余計に体に響いた。よかったのは毎日自転車をこいでいるおかげで、太ももの筋肉がついてきたことだ。
ギリギリセーフ。今日も教室に入ったのは宇美が最後だった。
「おっすぅー。」
席についた時、光男が前から寄ってきた。光男は宇美の数少ない友人だった。光男とは高校に入ってから知り合った。光男は隣町から電車で通っていた。真ん丸い童顔で長めの直毛。見るからにオタクで一見近寄りがたいが、クセのある宇美とは何故か始めから気が合った。
「なぁ、昨日の『Mステ』見たぁ?マヨちゃん、めっちゃかわいかったよなー?」
まただと思って、宇美は苦笑いしたまま鞄からテキストを机の中に移していた。光男は呆れるくらい麻田マヨのファンだった。麻田マヨは今1番人気のある女性アイドルだ。光男はファンクラブにも入っているらしく、毎朝の話題は決まって彼女のことからだった。宇美は彼女に興味がなかったが、光男に一応気を使って無理に首を縦に振った。
「だろー。」
光男は宇美の反応を確認すると、満足そうな表情をして自分の席に戻っていった。宇美はけっこう無口だが、光男はおしゃべりだったのでバランスがとれていた。二人の共通の話題は音楽や映画などのエンターテイメント関係だった。ガラガラッとドアが開いて担任の速水ヨコイチが入ってきた。俳優の速水モコミチと似た名前だが、実際は全然似ていない。昨年入学時に自己紹介をした時、クラス中がうけた。チンチクリンで中年太りのおじさんだ。動物に例えたらアライグマに似ていた。速水は国語を教えていた。
「ウホン、じゃあ、出欠をとります。」
クラス中がざわついていて、誰一人まともに速水の話を聞いてはいなかった。その時、ブーッとバイブ音がした。宇美はポケットから携帯電話を取り出した。大好きなウルコラマンのストラップが付いている。開くとメールが一件入っていた。無料の天気メールだ。
「ふぅー。」
宇美はため息をついた。天気と占いは前もって登録しているので、毎朝届いていた。待っているメールはまだ届いていなかった。