「姉ちゃんは当時二十歳だった。
 でも俺は思うんだ。
 もし姉ちゃんが未成年で、
 鎖を付けられたとしてもきっと、
 戻っては来ないんじゃないかって。」

強く目を閉じた凛の頬を伝う、
一筋の涙をそっと手で拭う。
私に出来る事なんて、
もうこれくらいしかないから。

「初めの二日間、つまり半年間は、
 悠の事が頭から離れなかった。
 どんなにいい経験をして、
いい話を聞いても、
 気持ちは全然変わらなかった。
 でも今はお前達がいる。
 お前達が俺達を支えて、癒してくれる。
 鎖の色が変わるなんて、
 本当三度目の正直だ。」

ゆっくりと眼を開いた凛の瞳が、
私の瞳の奥をとらえる。
「桜、お前のおかげだ。」

じっと凛を見てから、私ははっとした。
「今、何て言った?」
「三度目の正直。」
「その後……」
「お前のおかげ。」
「その前……」
「何も言ってない。」

初めて名前を呼ばれたのに、
当の本人は意識していないようだ。
もう一度呼んで欲しい。
でも、そんな事とても言えない。 

私は凛の脛を蹴ると後ろに回って、
背中を強く抱きしめた。

「何するんだよ。苦しいじゃねーか。」
「いいの!素直じゃないから!」
「何の事だ。俺、何か言ったか?」
「もういい!」
 
構わず歩き出す私を見て、
凛が思い切ったように叫んだ。
 
「おい待てって!……桜!」