綾音さんはいつも最後まで黙って聞いてくれる。
でも、必ず最後に遠慮なく言いたいだけ言う。
それが綾音さんのスタイルだった。


「受験が終わったら会えなくなるんでしょ?
だったら早いとこ気持ち伝えないと、
後悔するのは遥花じゃないの?」


でも、ガキとしか見られてないのに。
恋愛対象に見られてないのに。
そんなの分かってて、告白なんてできない。

これは、綾音さんには言えなかった。



「じゃあ……、好きな人に彼女がいても?」


綾音さんはしばらく黙っていた。
ゆっくり考えて、私に答えをくれる。


「当たって砕けろってよく言うでしょ?」


綾音さんはニコッと微笑んだ。
いつもその笑顔を見ると安心して、
何だかうまくいきそうな気がする。

正直、『当たって砕けろ』なんて、
良い答えとは言えないけど。


結局、綾音さんのアドバイスも生かせず。
何も行動しないまま、
勉強ばかりの夏が終わろうとしていた。

夏期講習は、専ら受験対策。
夏休みにずっと勉強なんて、
憂鬱としか言えない。

でも晃一に会えると思えば、
ほんの少し気持ちは軽くなる。


だけど、辛い時もある。
時々聞かされる、彼女の話。



「この間喧嘩してさ……」


もう4年近く続いてる、
晃一と彼女。

『彼女できた』って言った日みたいに、
突然『別れた』って言えばいいのに。

時々そう思う。

でも、私の嫉妬には気付かないくらい、
晃一は彼女と幸せにやってるんだろう。

恋愛対象じゃないから。
こうやって話してくれるんでしょ?



「やっぱ謝った方がいいよなぁ……。
遥花、聞いてる?」

「え、あ、ごめん」


そうやってすぐに私の名を呼んで。
嬉しいのに、切なくて。

きっと、彼女のことも、
そうやって優しい声で呼ぶんだろう。


そう言えば、知らない。
晃一の彼女の名前。


「彼女さん、何て名前なの?」



「うーん……。秘密」

「何で?」

「いつか、ちゃんと教えるよ」


よくよく考えてみると、
晃一に彼女の話を聞かされてるのに、
名前も知らないし年齢も知らない。

私が全然知らない相手と、
大好きな人は付き合ってる。


大人同士。
私なんかには見せないような表情、
きっとたくさんあるんだろう。



悔しい。

私がどんなに頑張ったって、
埋めることのできない年齢差。


私が大人になる頃には、
晃一はもっと大人になっていくのだから。


追いつくことはない。


諦めなくちゃいけないのかな。



「俺、空木のこと前から好きだった。
付き合ってくんないかな」

突然告白された。
同じクラスの橋本大樹(ハシモトダイキ)に。

橋本は塾も一緒で、
わりと仲の良い方の男子だった。


すぐに返事が出せなかった。

晃一を諦め切れない気持ちと、
諦めた方が良いんじゃないかという気持ちが交錯して。

待ってもらった。



とりあえず、綾音さんに相談した。

綾音さんなら、
答えを導いてくれそうだった。


「好きなら付き合えば良い。
好きじゃないなら付き合わなければ良い」


綾音さんはそう言った。


友達としては好きだけど、
恋愛感情なんて無かった。

よく考えて、
申し訳なく思いながら断った。