「何かあったのか?」
さっきからずっと心配してくれる先生。
心配性だなって思う反面、気にかけてくれる事が嬉しかったりもする。
「何もないんです…ただ、先生に触れたくて…。」
「!!!!!!」
珍しく素直な今日の私。
その姿が先生にとっては驚きらしい。
胸から聞こえる心音も段々速くなっている。
これは…照れてるな?
「…伊緒、簡単にそんな事いうなバカ。」
「え?」
真っ赤な顔の先生から返ってきた言葉は意外な一言だった。
それからだんだん先生の顔が近づいてきて、私の後頭部に手を伸ばしてきた。
「せ、あの……」
これは、キスされる…?
あともう少し、もう少しで先生との唇があたりそう……
ガタガタッ!!!!
「うおっ!!!?なんだ!!?」
「奥の部屋からですよねっ??!」
キスをする直前、奥の部屋からもの凄い音が響いた。
進藤先生と恵那がいるはずの部屋。
そこからのもの音というのは、なぜだかやばい気がした。
「…大丈夫…ですかね?」
「いや…大丈夫じゃないだろ。」
とりあえず二人で奥の部屋の前まで行き、ドアノブに手をかけた。
バンッッ!!!!!!!
「うわっ!!!」
入ろうと思った部屋から、まさかの向こうから出てきた。
当然のようにドアノブに手をかけていた先生はその勢いで床へと吹っ飛んだ。
「すいません、甲田先生…失礼します。」
出てきたのは恵那だった。
しかも、その顔は涙で濡れて光っていた。
「恵那!!?ちょっと待ってっ!!」
「横井さんっちょっと!!!!」
続けて進藤先生が部屋を飛び出してきた。
何この状況…進藤先生、恵那に何かしたの?
「おい伊緒、横井のこと追いかけてやって!!」
「あっ、はい!!!」
とりあえず、今は恵那を追いかけるのが先決!!
話しはそれから……!!!!
文化部の恵那と運動部の私。
足の速さと持久力で負けるつもりはない。
「待って、待って恵那っ!!!!」
「うわぁっぁぁ……」
腕を掴んだ瞬間、恵那から私の胸に飛び込んできた。
何が起きているのかは全然解らない。
でも、相当辛い思いをしているんだと感じた。
「いおぉ…もうやだぁ、苦しいよ…」
「恵那、落ち着いて。ゆっくりでいいから話して?」
「う…っん……ひっぅく…」
一目をさけるように、私は恵那を連れて校舎裏へ移動した。
春の涼しい風が私達の髪を揺らした。
あーあ、何で俺が痛いめにあわなければならないのか。
ググッ
「いってぇっ!!!もう少し優しくしてくれよ!!」
「何言ってんですか、固定しなきゃいけないんですから。我慢してください。」
「…誰のせいだと思ってるんだ?」
「…すいません。」
身体に力を入れてない時に横井と衝突したため、俺は吹っ飛ばされた。
その拍子に手首を捻り、まさかの激痛。
腫れてるしなぁ…骨なんともなってなきゃいいけど。
「で、横井と何があったんだ?」
あんなに取り乱す横井は初めて見た。
そして焦る進藤先生も……。
「助けて下さい…甲田先生。」
俺の包帯を巻き終えた進藤先生は、頭を抱えこんで下ばかり見ていた。
これは相当追い込まれてるな…。
「もう解らないんです、どうしていいのか。どうする事が正しいのか。」
「…何があった?」
「横井さんとただ話してただけなんですけど…何か急に抱き締めたい衝動にかられてしまって。
…気がついたら力強く彼女を抱き締めていたんです。」
なるほど、本能が働いたわけだ。
でも、それは横井にとっては嬉しい事じゃないのか?
進藤先生はあいつの好きな人であって、近づきたい存在だろ?
なんであんな取り乱して泣いていたんだ…?
「もしかして、まだ続きがあるのか?横井を泣かせるような事が。」
少し低い声で進藤先生に問いかけると、バツが悪そうな顔をしながら小さく頷いた。
力が込められた手が震えている。
「横井さんが…俺に告白してくれようとしたんです。っでも、俺はそれを拒んでしまった…。」
進藤先生から大きな後悔の気持ちが伝わってくる。
「俺が聞く勇気がなかったから…だから横井さんを泣かせてしまった…。」
本当は横井の元に今すぐにでも行きたいんじゃないかな。
でも、身体がそれを実行に移すにはまだ進藤先生の気持ちが追いついていないようにも見える。
「何でそんなに弱気なんだ?いつものあの余裕はどこいったんだよ…。」
「解らない…本当にどうしていいか解らないんです。横井さんが関わると自分が自分じゃなくなるみたいで…。」
進藤先生のこの言葉を聞いて、俺は安心した。
大丈夫、この二人はうまくいく。
そう確信もした。
「まぁ、少し考えてみろ。自分がどうしたいのかを。」
「…はい。」
進藤先生は今戸惑っているだけ。
初めての感情にぶつかり、気持ちが整理できてないんだろう。
でも、無意識にでも横井を大切にしたいと思っている。
だから、中途半端な自分では横井の気持ちを受けとめる事ができないと感じたのだろう。
きちんと向き合いたい。
大切にしたい。
守ってやりたい。
そう思っているからこそ、今の進藤先生は立ち止まった。
きっと気持ちの整理ができたらうまくいくんじゃないかな…。
そう俺は信じてるよ、進藤先生。
「まぁ横井の事は片瀬に任せとけ!!」
「…そうですね、片瀬さんに宜しくお伝え下さい。」
そう言って俺に悲しい笑顔を向けた進藤先生は、冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。
頼むから早く仲直りしてくれよ…?
そんな悲しい笑顔を毎日向けられたらたまったもんじゃない。
いつもの進藤先生じゃなきゃ調子が狂うしな。
「それじゃ今日はご迷惑をおかけしました。お先失礼します。」
「おう、お疲れ。」
いつか最高の笑顔で話せるといいな。
俺が伊緒の事話して、進藤先生が横井の事を話す。
恋人がお互い高校生だと解れば相談もしやすいよな。
女子高生みたいな発想だけど、そんな未来が楽しみで仕方ない。
俺と進藤先生しかほとんどいない教官室。
クーラーもヒーターもないんだから、それぐらいの特権いいだろ?
ソファーに寝転がりながらそんな事を考えていると、いつのまにか俺は夢の中だった。