―――――――…コトッ
「え?解らない…って言ったか?」
「はい…。」
二人で足早に戻った教官室は、すでにコーヒーの匂いでいっぱいになっている。
俺の質問に弱々しく返事をしながら、進藤先生は机からコーヒーを持ち上げた。
…それにしても驚いた。
まさか進藤先生の悩みが『恋愛が解らない』というものだったなんて…。
「恥ずかしながら、今まで一度も人を好きになった事がなくて…。
だから胸が苦しくなるんだよ、とか言われてもイマイチ解らないんです。」
なるほど…まだ初恋もしたことがないと。
まぁ確かに、胸が苦しくなるっていうのは俺も今まで解っていなかった。
伊緒を好きになって初めて解った感触なんだ。
「そうだな…難しいよな。」
恋はこういうものだという答えはどこにもない。
感じるものは人それぞれで、そういうものを感じる相手に出会うかも解らない。
「甲田先生はどう思っているんですか?」
「…そうだな。」
改めて聞かれると正直困る。
普段からそんな事考えはしないし。
ただ伊緒を見てると好きだなぁって感じるんだけど、それを言葉にするのは何だか難しい。
でも、逆に一つだけ言える事がある。
「一緒にいたくて、触れたくなる……とかかな。」
「え……。」
俺の答えを聞いた瞬間、なぜか固まってしまった進藤先生。
え、その反応はなんで?
結構真剣に答えたつもりなんだが…。
「この変態教師。」
「はっ!?」
思わず、飲んでいたコーヒーを吹きだしてしまいそうになった。
何でそんな真顔で俺を見てんの?
え、まさか本気で言ってないよな?
「なに高校生に手だそうとしてるんですか…。」
「ぶふっっ!!!…し、してねーよっ!!!!」
今度は本当にコーヒーをはいてしまった。
「汚いですよ、甲田先生。」
「なっ、誰のせいでっ…」
「僕は正論をのべたまでです。」
…相変わらず掴めない男。
いや、ドSとでも言っておこうか。
「…と、とにかく、恋なんて誰かが知ってるようなもんじゃないんだよ。」
「…うまくまとめましたね。」
「うるさい!!」
少しニヤッと笑った進藤先生は、いつのまにか普段通りにの様子に戻っていた。
少しは助けになれたのか…?
「恋か…僕にもできますかね?」
「できるさ、俺より進藤先生の方が女の気持ち解ってるんだから。」
二年前、まだ伊緒と付き合ってない時に何度もすれ違いをおこした俺達を、進藤先生は何度も助けてくれた。
まぁ助けてくれたというより、俺に説教をしてたが正しいんだけど。
「ふふ…まずは相手ですけどね。」
「あぁ。」
「次シュート練習っ!!一列にならべーっ」
部活動をしている部員達の大きな声が教官室まで響いてくる。
今日バスケ部休みにしちゃったからな…少しあの騒がしい声を聞けないのが寂しく感じる。
「甲田先生、お腹減りません?」
「あぁそうだな…。」
始業式を終えて、もう昼はずいぶんすぎていた。
「すきっ腹にコーヒーもなんですし、何か食べにいきませんか?」
「お、いいねー。行きますか。」
飲んでいたコーヒーを全て飲みほし、二人分のコーヒーカップを流しへと持っていく。
そして、自分の車の鍵をもって教官室の扉を開けた。
「何食べます?」
「……オムライス。」
「………子供ですね。」
プルルル…プルルルル…
「もしもし!!先生!!?」
『おー、でるの早いな。今大丈夫?』
「はい!!」
恵那と遊んでから家に帰ってきた私は、ベッドでゴロゴロと寝転んでいた。
いつもなら直ぐに寝ちゃうんだけど、今日はずっとドキドキしててウトウトもしなかった。
『…ドライブ、したくない?』
少し控えめに、甘えた声で私に問いかける先生が可愛い。
私を誘う時、いつも先生は上から目線で誘ってくる。
「したいです…逢いたいです。」
でも、それはきっと先生なりの照れ隠しなんだろうなって思う。
だから、私はそれに素直に返事をする。
『じゃぁ降りておいで?』
「え…?」
『後で迎えに行くっていっただろ?』
「………っっ!!!」
胸の鼓動が一気に加速していく。
ドキドキして、キュンキュンして、もう心臓が張り裂けそうだ。
バタバタバタッ
部屋の電気を消し、急いで階段を駆けおりる。
走ってあがる息と、先生への胸の高鳴りが身体中に電気のようにはしっていく。
「あ、鍵っ!!」
玄関を開けたところで、ふと鍵の存在に気づく。
今晩、珍しくお父さんとお母さんは二人きりで御飯を食べにいった。
今になってデートなんてって言いながら、二人とも嬉しそうな顔をしていて見てて嬉しくなった。
「これでよ……
ギュゥッ
……し?」
玄関の鍵を閉めた事を確認して後ろを振り向こうとすると、何かが私の身体を固定した。
「馬鹿やろう…遅い。」
耳元で囁かれたその声は、私の身体をさらに火照らせる。
「聞いてんのか?」
「ひゃわっっ!!」
耳…耳に息がぁ!!
「き、聞いてますからぁ!!離してください!!」
鍵を持っている手が震える。
先生に触れられている部分が熱くなって、どうしようもなくドキドキする。
「…仕方ねぇなー。」
そう言いながらしぶしぶと私から手を放す先生の声は、少し甘みをおびているように感じる。
「もう鍵閉めたのか?」
「え…あ、はい。」
さっきまで震えていた手の中にある鍵を、そのまま鞄の中へとしまう。
「じゃぁ行くか。」
「え?」
「おいで…伊緒。」
「っっ!!」
自分で顔が赤くなるのがわかる。
少し笑みを浮かべながら私に手を差し伸べている先生を、恥ずかしくて直視できない。
「聞こえない?おいでって…。」
「あっっ…!!」
動かない私を、先生は少し強引に引っ張ってみせた。
そして、そのままされるがままに車へと連れていかれた。
いつも先生が乗っている黒くて大きい車。
見た目も格好良くて、中もすごい広いから好きなんだ。
そういえば、昔、先生に何でファミリーカーなの?って聞いたことあったっけ。
そしたら、確かいたずらっぽく笑いながら『将来のため』って言ったよね。
「何笑ってんだ?」
「いえ…なんでもありません。」
そんな話し、先生が覚えてるはずないんだけどね。
なぜか私はずっと忘れれないでいる。
あの時の『将来のため』という言葉が、プロポーズみたいに聞こえたからかな?
この車を見るたびに、ドキドキするんだ。
「俺の家でいい?」
先生にエスコートされながら車に乗り込むと、私の顔を覗き込みながらそう問いかける。
「え?ドライブじゃ…?」
その質問に、私はきょとんっとする。
だって先生電話でドライブって言ったじゃん。
「…いや?」
「や…そういうわけじゃ…。」
「じゃぁ行くぞ。」
ご…強引だ。
今日の先生は甘えん坊とかSとかの部類じゃなくて、めちゃくちゃ俺様の強引キャラだぁ!!!
ガチャンッ
「…親に連絡した?」
「はい…遅くなるってちゃんと言いました。」
エンジンをかけながら私に問いかける先生に思わず見とれる。
何でだろ…見てて飽きないんだよね。
「何?なんかついてる?」
ガン見する私に気づいたのか、先生はこちらを少し見た。
その姿にまたドキドキ…。
「なんにも…ないです…。」
恥ずかしながらも、こちらを見る先生をしっかりと見て答える。
すると、少し頬が赤くなった気がした。
見かけによらず照れ屋だなぁ…。