「すごいじゃん!!高校最後の年に恋しちゃうなんて!!」
「うん…うん、私もそう思う。…それにね、恥ずかしながら今回が私の初恋なんだぁ。」
「え!!!」
これは驚いた。
いつも私を励ましてくれたりアドバイスをくれる恵那は、経験豊富なものだと勝手に思っていたから。
高校最後の大変な時期。
でも、一番心に残るこの時期に恵那が恋をした。
それも初恋。
自分の事じゃないのに、何だかすごく嬉しくなる。
「ちょっと、何で涙目なの?」
いつのまにか私の目には涙がいっぱい溜まっていた。
「だってぇ…何かむしょうに嬉しくて…。」
「ふふ、ありがと伊緒。」
恵那の恋に何故か私が泣いて慰められているって…変なの。
自分でも変だなって思うけど、涙を止める事はできなかった。
「でも、まだ恋がかなった訳じゃないんだから…泣かないでよ。」
私の頭を撫でながら恵那が呟いたその言葉は、どこか意味ありげに聞こえた。
「恵那ならきっと大丈夫、うまくいくよ。」
薄っぺらいかもしれないけど、これが私の本心。
きっと恵那なら大丈夫。
何故かそう思えるんだ…。
「私は…見てるだけでいい。」
そんな私の言葉なんてなかったかのように、恵那は言葉を発した。
「なんで…?」
せっかく見つけた恋なのに。
そんなの悲しすぎるよ…恵那。
「私は伊緒みたくできないもん。」
「え、どういう事?」
私みたくって何が?
素直じゃなくて子供で、先生に甘えてばっかの私が、恵那にとってはどんな風に映ってるというのだろうか。
「……だから、そんな…その…。」
恥ずかしそうに顔をうつむいた恵那は、前よりも女の子っぽくなっていて何だか可愛い。
恋をすると可愛くなるっていうけれど、ここまでとは思わなかった。
それに、恵那をここまで女の子にしてしまう相手がすごく気になる…。
「ねぇ恵那。相手って誰なの?教えてよ。」
すっかり涙が乾いた目を恵那に向けると、あからさまに目がきょどっていく。
「………えっと。」
「うん。」
「びっくりしないでよ?引かないでよ?」
「うん。」
私の顔をみて恵那は一呼吸。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「…進藤…先生。」
「………はい?」
今何か進藤っていう人物名が聞こえた気がしたんだけど。
…いやー、そんな事はないよな、うん。
「ごめん、もう一回いい?」
「だから、進藤先生って言ってんの!!!!」
またもや聞こえた進藤という人物名。
「聞いてんの!!?伊緒!!」
「あーはい、聞こえてますが…そら耳かなっと思いまして。」
私にとっては信じがたいその人物名は混乱を招いてくる。
「そら耳じゃありません。進藤先生って言ってるんです。」
「え――――!!!やっぱり進藤先生な…」
バコッッ
「!!!!!!!!」
「え!!!!?」
話し終える前に何かで頭を叩かれた私と、それを目撃した恵那は何が起きているのかが全く解らず目を丸くして驚いた。
「お前らまだ帰ってなかったのか?」
「っっ先生!!?」
下駄箱で騒いでいる私達の後ろに立っていたのは私の彼氏でもある甲田先生。
それと………。
「僕がどうかしましたか?」
先生達の前では必ず敬語で猫をかぶっている進藤先生の姿。
「い、いえ何でもないです!!今から帰るところで…ね、伊緒行こ!!」
「あっうん。」
進藤先生の姿を見たからなのか、顔を真っ赤にした恵那は私の腕をめいいっぱい引っ張った。
急いで靴を履き扉に手をかけると、後ろから先生達の声が響いた。
「気ぃつけて帰れよー。」
「さよならー。」
そんな二人にこたえるように私達も急いでいた足を止める。
「さ、さようなら…!!」
「さようならー。」
挨拶一つでも緊張している恵那の横で気の抜けた挨拶をする私。
すると、私の見間違えか先生がクスリと笑った気がした。
「……っっ。」
そして、そんな姿にちょっとドキッとした私に、先生が口を開く。
「え……。」
「伊緒、どしたの?」
「あ…いや何でもない。行こ!!」
どうしよう、すごいビックリした…。
何か言われるのかと思ったのに、あんな不意打ちはないでしょ。
「伊緒…顔真っ赤だよ?」
「うん…解ってる…。」
だってドキドキしてるって自分でも解ってるもん。
そりゃ顔も赤くなってるよ…。
――――――――――………
「いやぁラブラブですねー。」
「何だよ見てたの?」
「まぁ普通に見えますよね。」
進藤先生が見たという伊緒へのメッセージ。
ちゃんと届いたのだろうか。
いや、あの赤面ぶりだったら届いてるだろうな。
「迎えに行くかー…そんな事僕も言ってみたいですよ。」
「うるさい。」
改めて言われると少し恥ずかしくなる伊緒に伝えた言葉。
『後で迎えに行く』
学校でも散々逢ってるけど、それ以外でも逢いたくなる時がある。
『逢いたいかと思って』なんて伊緒のせいにしてるけど、本当は俺が逢いたいだけ。
今日も俺がもう少し伊緒と一緒にいたいからドライブに誘おうと決めたんだ。
「もう二年近くたつっていうのに…変わりませんね、二人とも。」
「ん?急にどうしたんだ?」
いつも俺達の事をからかうだけの進藤先生が、今日はやけに真面目な事を言ってくる。
「いや…ちょっと思っただけです。」
「ふーん…。」
どこか悲しげな顔に見えるのは気のせいだろうか。
いや、悲しげというより悩んでるって感じだな。
「教官室戻ってコーヒーでも飲むか。」
「え?」
「話し聞いてやるよ。」
「………。」
俺の言葉に戸惑っているのか、進藤先生は固まって動かない。
「聞かなくていいなら、俺職員室行くけど?」
「あ、いえ行きます。」
教官室へ続く廊下を先に歩いていると、後ろから慌てて進藤先生が追いかけてきた。
ふーん、今日は何だか素直だな。
―――――――…コトッ
「え?解らない…って言ったか?」
「はい…。」
二人で足早に戻った教官室は、すでにコーヒーの匂いでいっぱいになっている。
俺の質問に弱々しく返事をしながら、進藤先生は机からコーヒーを持ち上げた。
…それにしても驚いた。
まさか進藤先生の悩みが『恋愛が解らない』というものだったなんて…。
「恥ずかしながら、今まで一度も人を好きになった事がなくて…。
だから胸が苦しくなるんだよ、とか言われてもイマイチ解らないんです。」
なるほど…まだ初恋もしたことがないと。
まぁ確かに、胸が苦しくなるっていうのは俺も今まで解っていなかった。
伊緒を好きになって初めて解った感触なんだ。
「そうだな…難しいよな。」