「なぁ伊緒。」
「は…い?」
ちょ、近い!!顔!!とゆうか全身!!
息するのすら緊張するじゃん!!
「そんな体勢して…誘ってんの?」
はぁぁぁぁぁぁっっ??!!!!!
そんな体勢って、全部先生がやったのに!!
自分の体勢と先生の言葉からくる恥ずかしさを取り払おうと勢いよく起き上がる。
ついでに先生に頭突きをお見舞いしようと思ってたのに。
私が起き上がるのと同時くらいに、先生も身体を起こした。
「っっ!!!」
そして、起き上がる私の唇に合わせるように、先生は自分の唇を重ねてきた。
「…………。」
何か自分からキスしたみたい。
いくら起き上がった勢いとはいえ、ドキドキが半端ないんですけど…。
「珍しいなぁ。伊緒からキスしてくれるなんて。」
「なっちが!!これは先生がっ」
「俺が?」
「……あ、や…もう…何でもないです。」
そんな顔で覗き込まないで。
少し潤んだ目とか片方だけ下がってる眉とか…可愛くて何にも言えなくなってしまうから。
「伊緒。」
私の気持ちを読んだのか、先生はフッと笑いながら私を見る。
その優しい笑顔は見ているだけで暖かい気持ちになれる。
「外だけど…キス、していい?」
「っっ……はい」
「少し激しくても?」
「ふふふっ、今日だけですよ?」
少し赤くなった顔に先生の手が触れる。
それを合図に、どちらからともなく唇を重ねた。
ゆっくりと、軽く。
最初はとても優しいキスから。
けど、その後は少しずつ……。
「んっ…せんせ……」
熱の重なりが増していき、激しくなってゆく。
先生の嘘つき。
少しって言ったのに、全然少しじゃないよ。
キスの合間に薄く目を開けると、輝く海が目に入ってくる。
何年か前の今日は、一つの命が消えた悲しい日。
その命に花を供えに来た事は決して楽しい思い出じゃない。
けど、先生の涙を初めて見て、本当の傷の深さを知れた大切な思い出。
昔の事だから今は大丈夫、というのは間違いで。
心についてしまった傷はどれだけ時が経っても消える事はなくて、大丈夫なんて考えはただの強がりだった。
埋まることのない傷は、少しずつ浅くしていくしかないんだよね…。
「伊緒、もう一回…」
「ん……」
私が先生の傷を治してあげる事は出来ない。
でも、今日みたいに一緒に居る事はできる。
少しでも先生の傷を浅くできるように、頑張って支えるよ。
目を閉じて見えなくても、頭の中にはしっかりと空と海の輝きが残っている。
きっと、今日の事は私達にとって忘れられないものになる。
二人の絆を強くしてくれた、そんな大切な思い出に。
「今度は笑って来たいな。」
「先生なら大丈夫ですよ。」
唇を離した先生は、もう一度私を抱きしめる。
首に顔をうずめるから、髪があたってくすぐったい。
「俺一人じゃ無理だろうなぁ…。」
「へ?」
「伊緒が居ないと笑えない。だから、これから先は一緒に来てほしいんだけど……ダメか?」
「――っっ先生!!!!!」
「うおっ??!!」
大丈夫。
これからどんな事があっても、絶対乗り越えていける。
一人では弱いかもしれないけど、二人なら強くなれるから。
そして、一つずつ乗り越えていく事で、私達はもっと強くなれる。
何の保証もないけど、何故だかそう思えるんだ……。
――――――――………
暑い夏を越え、厳しい寒さの冬を過ぎて少し暖かくなり始めた三月。
私達は三年という長くて短い期間の節目を迎えた。
『只今より、第三十五回卒業式を行います……』
気がついたら始まって、あっという間に終わりを迎えた高校生活。
理由も思い入れもなく入学した学校だけど、いつのまにか大切なものになっていた。
新しい友達や部活のチームに出会わせてくれて、多くの思い出をくれた。
一度じゃ思い出しきれないほど、本当に沢山。
『卒業生、起立。』
今日で最後。
生徒として学校に来るのも、この制服を着るのも。
もうあの長い通学路を自転車で走ることもないんだね…。
『校歌斉唱。』
私を一つ二つと大人へ近づけてくれた大切な場所。
絶対に、忘れないよ…。
知佳、優羽。
二年生からは離れちゃったけど、一年生の頃はいつも傍にいて助けてくれたね。
勉強を教えてくれたり、恋話を聞いてくれたり。
何があっても元気な二人に、私は何度も救われたよ。
詩衣、聡美。
私達の部活の同世代は計六人。
仲が良くて、よく皆一緒に行動していたけど、その中でも三人でいることが一番多かった。
チームの事を考えて、話して、心配して。
大きな壁にぶつかった時は泣いたりもした。
何度も辞めたいとも思った。
でも、それでも辞めずに最後まで続けれたのは、やっぱり二人のおかげかな。
恵那。
三年間ずっと同じクラスになれたね。
二人で過ごせた時間は、本当に大切な時間だった。
恵那は誰も気づかないような変化にも気づいてくれて、いつも私を支えてくれたよね。
先生との事も、恵那が居なかったら続けれてない。
不安に押し潰されて、私はこの恋を投げ出してしまっていた。
次は、私が恵那を支えるよ。
初めての恋だもんね。
絶対うまくいくように、全力で応援するから。
だから、幸せになってよ?
もちろん、進藤先生と――…。
進藤先生。
初めて会った時はこんなに深く関わるなんて思わなかった。
でも、気がついたら進藤先生は大きな存在になってて。
私にとっても先生にとっても、いなくちゃ困る人になってた。
ドSで、鬼畜で、何を考えてるか解らない。
だけど、何気なく優しい。
なんども助けられたし…。
何だか、そういう優しさがどことなく恵那と似ている気がする。
きっと二人ならうまくいきますよね?
私が知っている進藤先生を信じてますから。
恵那を守ってあげて下さいね――……。
「いーお!!何考えてるの?」
「あ、いや…」
「みんな教室戻ってるよ?私達も行こ?」
「うんっ」
それと、もう一つお願いを聞いてもらえるのなら。
私と先生と、恵那と進藤先生で、ダブルデートがしたいです…。
「ねぇ伊緒。この後少し付き合ってくれる?」
体育館から教室に移動する途中、恵那が歩くスピードを弱めた。
「うん、私は大丈夫だけど…どうしたの?」
三月に入ったといってもまだ寒い気温。
私達の身体に冷たい風が触れる。
「行きたい所があるんだぁ。多分、伊緒が行きたい所と同じだよ。」
「ってことは!!!!!」
「うん、今日言おうと思ってさ。」
私が行きたい所。
それは勿論教官室で。
逢いたいと思っている人は違うけど、目的は同じ。
素直な気持ちを伝えに行くんだ。
「ついにきたんだね。二人が付き合える時がさ。」
「…まだ解んないよ?」
「ふふっ、そうだね。」
なんて言うのは嘘で。
解るよ、絶対絶対うまくいくって。
だって恵那の進路が決まるまで待っててくれたくらいだよ?
大切に想われていないはずがない。
お互い同じくらい相手の事を考えてる。
落としていたスピードをもう一度戻し、足早に進んでいく。
「今日で最後か……」
「うん。伊緒とも中々会えなくなるんだね…。」
「………うん。」
馴染んだ環境を離れるのはあっという間。
直ぐに新しい環境がやってくる。
何かを失う訳じゃないけど、馴染んだ環境を離れるのはやっぱり怖い。
最初は一人ぼっちで何も解らないし…。
「頑張ろうね、お互い。」
「うんっ、頑張ろう!!」
それでも立ち止まってはいられないから。
新しい出逢いを信じて歩いていくしかない。
「伊緒っ、急ご!!」
「うんっ」
恵那が進む道と私が進む道は全く違う。
学びたいことも、やりたいことも。
恵那が進むのは、看護士の道。
沢山勉強して、一年の頃から決めていた大学に無事合格した。
私は―――…バコンッ!!!!!