先生と教官室2〜新しい道〜






「ん…せん…せ…」






眠る伊緒の頭をなでると、少し笑いながら俺を呼んだ。







俺のせいでこんなにも辛い思いをしたのに、それでも俺の事を考えてくれてるのか?







「ふふ、かわいいわね。」






「はい。」






志帆さん達がいなかったら今すぐにでも抱きしめたい。





それほどに、伊緒が愛おしいと思えた。






「大切にしてあげなさい。もう泣かせるんじゃないぞ?」






「もちろんです。」






ずっと俺の隣にいてほしいから。





だから、約束するよ。





お前が泣かないように、一人で寂しい思いをしないように、俺が守るって。










「…伊緒、帰ろう。」

















頭にのせていた手を、身体へと移動させる。





起こそうと思ったけど、やっぱりやめよう。





今はこのまま寝かせといてやりたい。






きっと、俺の顔見たら辛くなるだろうし。






伊緒が起きないように、そっと抱き上げる。






そしてそのまま出口へと歩きだそうとした瞬間、伊緒の目が開いた気がした。






「…せんせ?」






「伊緒…目覚め…」






「ごめ…んなさ…ぃ…」







俺の言葉を遮って聞こえてきたのは、予想外の言葉だった。






薄く開いた目は、再び少しずつ閉じていった。







閉じられた目からは、一筋の涙が流れてゆく…。






なぁ伊緒、今お前はどんな夢を見ているんだ?






もしかして、夢の中でも俺の事考えてくれてるのか?















「かっちゃん、もっと素直になりなさいね。」






両手が塞がっている俺の代わりに、後ろから歩いてきた志帆さんが伊緒の涙を拭いてくれた。





「ずっと一緒にいたいんでしょ?だったら、大人ぶるのはやめなさい。」






「志帆さん…。」






何も言っていないのに、志帆さんは全てを理解してくれている。






もちろん、勇二さんも。





二人は優しく笑いながら大切な事を沢山教えてくれる。







教師をやっている俺だけど、二人に教わる事はまだまだありそうだ。







「また近いうちにいらっしゃい。そうね、今度は二人揃ってよ。」







「はい。約束します…。」






笑いかけてくれる志帆さんに軽く会釈し、勇二さんが開けてくれている扉から外へと出る。








「じゃあ失礼します。」






「あぁ、また。」













二人に見送られ外へと出ると、薄暗かった空は真っ暗へと変わっていた。





それでも、春に比べたら大分日が長くなったな。






そう思いながら見上げる空には、珍しく沢山の星が輝いている。






一つ一つはとても小さいのに、あれだけ集まればなんと明るいのだろう。






「伊緒、今日は星が綺麗だよ。」







前まではイルミネーションや星など光物には興味がなかった俺。






だけど、俺とは逆に光物が好きな伊緒。





きっと一緒にいるうちに影響されて好きになったのかな。







今はこんなにも星に感動してるなんて。







それに気づけなかった今までが勿体無くも感じるな。








「……帰るか。」









今度は二人でこの夜空を見よう。








そうだな、伊緒が淹れてくれる美味しいコーヒーを飲みながらなんて幸せだろうな。













「ん……」





ふわふわと身体が揺れる感覚。





微かに感じる光と音楽。






さっきまでは感じなかったものが、少しずつハッキリと伝わってくる。






その不思議な感覚に閉じていた目を開ける。





すると、そこには見覚えのあるものが映っていた。






…ここどこだっけ。





私、何してたんだっけ?






寝起きで頭がボーっとして何も考えれない。






頭がスッキリするまでもう一度寝ようかな…。






そう思いながら、薄く開いた目をもう一度閉じてみる。













目を閉じるとそこは真っ暗で、当たり前のように何も見えない。






さっきまで夢の中だった私は、目を閉じると今すぐにでも、もう一度夢の中へと戻れそうになる。





もう少し。






あとほんの少しで深い夢の中…。






そう思っていた私の頭の上に、なにか暖かいものが優しく触れた。






「伊緒…って、まだ寝てるかぁ…。」





微かな夢と現実が入り乱れる。





今の声は、もしかして先生?





それとも、私の夢の中の声?





「……伊緒。」





もう一度、私の名前を呼ぶ声。





それと、私の頭に触れ、撫でている暖かいもの。





それは、まぎれもない先生の大きな手。







私の大好きな、先生の手…。


























もう一度寝ようと閉じた目を、ゆっくりと開ける。





「伊緒?」





「せんせ…」






さっきより明確に動きだした頭は、今いる場所をハッキリと認識した。





目を閉じても開いても変わらない暗さに、微かに聞こえる音楽。





私と少し距離を置いて隣に座っている先生。





身体には、椅子と私を固定するベルト。





ここは、間違いなく先生の車の中。






でも、確か私はあの喫茶店にいたはず。





先生が迎えにきてくれて、車まで運んでくれたのかな…?







「おはよう、伊緒。よく眠れた?」





そう言って私の顔を覗き込む先生は、少しニヤッと笑っていた。





「…先生のいじわる。」





きっと、ずっと寝ていた私の事をからかっているのだろう。



























先生の言葉に頬を膨らませながら窓の外を見ると、そこは私の家の近くのコンビニを映していた。





時刻は夜の九時を指していて、まだ帰らなければいけない時間には達していない。






それなのに家の近くまで来てくれたのは、きっと先生なりの優しさなのかな…。





「伊緒、怒った?」





「…怒ってませんよ。」





窓からは視線を戻さずに、先生の言葉に答えた。






なんだか、今先生を見ると泣いちゃう気がするから。






「じゃぁ、なんで泣きそうなんだ?俺に怒ってるからじゃないの?」





「っっ!!!!!」





先生は私のエスパーで、考えてる事は何でもお見通し。





そんな事はずっと前から知ってるよ。





でも凄いね、顔も見ないで私の思っている事が解っちゃうなんて。





何もかもかなわないよ、先生には……。










「伊緒、ちゃんと話そう。思ってる事全部言っていいから。」






一度離れた先生の手が、もう一度私の頭へと触れた。






その手は優しくて暖かくて、まるでさっきいれてもらったココアのように心に沁みこんできた。






止まったはずの涙が、再び溢れ出してくる。





「……怖かったです。知らない場所で一人にされて。」





「うん、そうだよな。」





「男の人に触られた時だって、ずっと先生に助けてほしくて…。なのに、先生はずっと怒ってるから、だから…」







そこまで言った瞬間、先生は私を後ろから抱きしめた。






まるで壊れ物を扱うように優しく、そっと触れる程度に。






「ごめん、ごめんな伊緒…。」





抱きしめながら私に謝る先生は、クーラーのせいか少し冷たく感じる。





でも、伝わってくる確かな温もりは、少しずつ私の心をあっためていく。






ずっと求めていた先生の温もりだと、私に実感させてくれている。