唐突な俺の言葉に驚いたのか、伊緒は固まってしまった。
口をポカンと開けて、ジッと俺を見てくる。
「な、なぁ進藤先生。そう思わない?」
「そうですね。僕もそんな気がします。」
「ほら、伊…」
キーンコーンカーンコーン…
「っっあ!!私行きますね。ココアご馳走様でしたっ」
進藤先生から助け舟が出た瞬間、まさかの予鈴。
固まっていた伊緒は、その音で我に返り急いで教室へと走っていった。
担任が目の前に居るんだから焦らなくても…。
「…片瀬さん、進路きまりそうですね。」
教室に行く準備をしながら、進藤先生が俺にそう言った。
「まぁ後は伊緒が気づくかだな。」
「そうですね。」
俺の言葉に少し笑いかけ、進藤先生も教室へと向かっていった。
教官室には俺一人。
さっきまでの騒がしさは嘘のように静かだ。
置いていかれた二つのコップに手をかけ、ゆっくり洗った。
そういえばコップ買いに行かなきゃな。
伊緒が割ってしまってから、まだそのままだった。
「………ん?」
たしか、あそこの店…。
うん、そうだ。
俺の記憶が間違っていなければ、これは伊緒にとって大きなチャンスになるはず。
近いうちに一緒に行ってみよう。
綺麗になったコップをしまい、自分の席にすわる。
そして、ふと目に入ったクッキーの袋を開けた。
「…うま。」
中に入れられていたクッキーは、ほどよい甘さを俺の口に広げていった。
「あぁーあぁぁぁ……」
「伊緒、キモい。」
「ひどっ」
昼休み、いつものように恵那とご飯を食べながらうなだれる私。
あれから、先生と進藤先生が言った事をずっと考えているけど全く解らない。
私の夢って、なんなの?
何で先生達が解ってて私が解らないの?
色々な事が頭を駆け巡って、訳が解らなくなっていく。
「どうしたらいいのさ…」
教えてとは言わないから、せめてヒントが欲しい。
でも、自分の夢のはずなのにヒントをもらうのは少し嫌だったりする自分もいる。
あぁ、一番嫌なのはウジウジ悩んでいる今の自分かもしれない…。
「ねぇ伊緒、先生に相談してみたら?」
「…でも…」
それは甘えではないのだろうか。
解らないので教えて下さい、と諦めているような気がしてしまう。
「大丈夫、相談するだけ。話してるうちに気づくかもよ?」
「うーん…」
確かに、話しをしてる間に自分の本音が出たりして気づくことはあるよね。
あぁ…でも、先生は私だけの先生じゃない。
そんな何回も頼ってちゃ…
ブー…ブー…
「「!!!!!!」」
ブー…ブー…ブー…
「ふふ、どうやら向こうもそういう気持ちだったんじゃない?」
机の上に置いてある携帯のディスプレイには、先生の二文字。
学校にいる間は滅多に表示されないその文字は驚きでしかない。
しかもこのタイミング…。
さすがエスパーと言わんばかりの絶妙さだ。
「…もしもし。」
恵那が見守ってくれているなか、他の人にバレないように電話に出た。
『あ…よぅ。今大丈夫?』
「はい。」
先生は電話だといつも声がぎこちなくなる。
それが可愛くて、少しだけ気持ちが和んだ気がした。
『急なんだけど、今日あいてるか?』
「え?今日…ですか?」
『おぉ…。』
予想外の先生からのお誘い。
すごく嬉しいけど、嬉しいはずだけど…。
私は直ぐに返事ができないでいた。
『……マグカップ、一緒に買いに行ってくれるんだろ?』
「……先生?」
『新しいの、伊緒と選びたいとか思ってるんだけど…。駄目か?』
なんですか今日のその可愛さは!!!
そんな甘えた声を耳元で出されたらドキドキが止まらなくなるじゃないですか!!!
「駄目なわけないです。私も、逢って話しがしたいです。」
それに、先生にそんな事を言われて断れる訳ないよ。
『じゃあ決まりな。また夕方迎えに行くから、着替えといて。』
「はい、解りました。」
それから『またな』と言った後、先生は電話を切った。
その音を確認してから携帯を閉じると、恵那がこちらを見てニヤニヤしていた。
「なにか?」
恵那が言いたい事が何となく解る私は少し睨んだ。
「良い彼氏をお持ちのようで。」
「………。」
『恵那にだって居るでしょ?』と言いかけて止めた。
二人が一緒にいる事を我慢している今、そんな冷やかしは良くない。
いつか二人がいい感じになったら散々いじろう。
うん、それがいい。
「何企んでるの?ニヤついてるけど…。」
「なんでもないよーだ。」
今日の夜は先生との滅多にないデート。
バレないようにメガネでもかけていこうかな。
「ふふ、何かあったら電話してね。」
「何もないわ!!!!!」
昼休みが終わるまでの数分間、私と恵那の格闘は続いた。
――――――――――――……
『もしもし?家の前にいるから。』
「あ、はい。今すぐ行きます。」
時計が夕方六時過ぎを指しているなか、先生から電話がなった。
その電話でベッドへと投げ出していた身体を急いで起こし、机へと走る。
準備していた服を着て、鞄を肩にかけた。
そして急いで階段を下りていくと、玄関付近で声が聞こえた。
今家に居るのはお母さんだけのはず。
じゃぁこの低い声は誰の声だというのだろう。
お父さんじゃない、でもどこか聞いた事のあるこの安心する感じ…。
「あっ伊緒!!早くおりてきなさい!!」
いつもは冷静なお母さんの顔が、なんだか焦っている。
私を見る目は、怒っているのか喜んでいるのか焦っているのか…何を思っているのか解らない。
「なに?私急いでて…」
「よぅ、片瀬。」
へ?あ、はい私は片瀬です。
ですが家で私の事を苗字で呼ぶ人なんて…。
「な、んで…先生が…」
「ん?夜に外出するんだから挨拶しとかないとと思ってな。」
そりゃ礼儀としては正しいと思いますけど。
でも、私達の関係をそんな簡単に親にバラしたらまずいんじゃ…。
「今から部活の後輩の子達にプレゼントするものを買いに行くんですって?」
「………はい?」