先生みたいに勇気や安心、癒やしやドキドキを私も与えれていたのだろうか…。
「…伊緒?大丈夫?」
「…うーん。」
このままじゃ駄目だ。
私も何かを与えられる、人の為に動けるようにならなきゃ…!!!
沢山の人は無理でも、せめて周りにいる大切な人にそうできるようになりたい。
「…伊緒、帰ったらクッキー焼こうか。」
家の近くにある喫茶店を通りすぎると、少し開いている窓から、かすかにコーヒーの匂いがした。
私が生まれる前からあるらしい喫茶店。
雰囲気がとても良くて、何故だかみているだけで落ち着く。
「伊緒?ちょっと聞いてる?」
「え、あぁ…何で急にクッキーなの?」
お母さんも喫茶店からする匂いにつられたのかな?
「伊緒の事だから、どうやってお礼しようとか考えていたんじゃない?だったらクッキーはどうかなってね。」
「う゛ぇ……??!」
まさかのまさかの返答だった。
どうして、こうも私の周りにはエスパーのような人ばかり…。
それとも、私が解りやすいだけ?
「焼くのはお母さんがやるから。伊緒は座って出来ることだけやりなさい。」
「うんっ、ありがと。」
それから少しして家に着いた私達は、夕飯を作る前にクッキー作りにとりかかった。
「ただいまぁ。って、ん?甘い匂い…」
「あぁっ!!お父さん良いところに!!」
「あなたっ、ちょっと手伝って!!」
「えぇっ!?」
そして、その途中で帰ってきたお父さんを無理矢理手伝わせて、結局三人で作り上げたクッキー。
少し焦げたのもあるけど、どれも甘くて美味しかった。
ねぇ、二人とも。
こんな日がくるなんて想像したことあった?
三人で笑いながら話したり、クッキー焼いたりすることを。
私はね、こんな日を夢見た事はあったけど叶うとは思ってなかった。
恥ずかしいから言わないけど、本当は泣きそうなくらい嬉しいんだよ。
また機会があったら改めて言うね、二人に感謝の言葉を。
「はい、ちゃんと明日先生に渡すのよ?」
「うん。」
きっとこのクッキーを渡したら、先生は満面の笑みで喜んでくれる。
そして三人で作ったんだよって言ったら、もっと喜んでくれる。
『よかったな。』って言いながら頭を撫でてくれるんだ。
『美味しい』って笑いながら私を抱きしめて、沢山温もりをくれたりして…。
先生は私の幸せを誰よりも喜んでくれるから、身体全身でそれを表現してくれるんだ。
コンコン…
体育祭を無事に終えた次の日、朝早くから教官室の扉にノック音が響いた。
この教官室は、俺と進藤先生以外の体育教師はあまり居たがらない。
特にこの暑い季節だと尚更居る機会が減る。
まぁクーラーがなく扇風機しかないのだから、当たり前なのかもしれないが。
となると、大方来た人物が想像できる。
しかも人目につかないような、こんな朝早くに来る奴なんて一人しかいないだろう。
「どーぞ、入っていいよ。」
ガチャ…
ほらな、俺の予想的中。
ドアを開けたのは、何故か顔を赤くそめて立っている伊緒だった。
「おはよう。どうした?こんな朝早くに。」
「…おはようございます。あの、その…」
なんだこの光景は…。
手を後ろに組んでモジモし始めたぞ?
とゆうか、何か持ってるのか?
「伊緒、何か俺に隠してるのか?」
「のわっっ!!!!!」
いつも思っていたが、伊緒はとことん解りやすい。
きっと嘘をつけないたちなのだろう。
「あっははは。で、何を隠しているんだ?」
ドアの前に立ったままの伊緒をソファーに促しながら訪ねると、少し唇を噛んでから俺に紙袋をつき出した。
「…これ、昨日のお礼…です。」
「昨日の?お礼?」
「はい……」
受け取った紙袋からする甘い匂い。
触って解る形からして、これは…。
「…クッキー焼いてくれたのか?」
「はい。あ、でもお母さん達に手伝ってもらって…」
俺の顔を見ようともせず話し続ける伊緒は、それほどまでに恥ずかしい気持ちなのだろうか。
もしかして、こういう風に手作りをプレゼントするのは初めてなのか?
「お母さん達って…」
「お父さんも手伝ってくれたんです。初めてですよ、三人でのお菓子作りとか誰かに手作りプレゼントするのとか…」
そこまで言って、伊緒の顔が固まった。
どうやら最後のプレゼントのくだりは話すつもりじゃなかったらしい。
ここで芽生える俺のいたずら心。
伊緒のしまったという顔は、自然とそのスイッチを押してしまう。
「ふーん、初めてなんだ。手作りのプレゼント。」
「うっっ…」
「俺が一番ってことだよな?」
少しずつ伊緒との距離を縮めていく。
向かいのソファーに居たはずが、いつのまにか伊緒の隣に座っている。
案の定、伊緒はこちらを見ずに目をそらしている。
その反応が可愛いと思う反面、気にくわない。
「おい、ちゃんとこっちを見ろ。話してるだろ?」
「えっ…せんせ?」
「かかったな…」
「んっっ…!!!」
俺の低い声に驚いて振り向いた伊緒の唇を、すかさずふさいだ。
赤くなった顔と同じように、唇もとても熱を持っていた。
「せ……んっ…」
やば…今日の俺、ちょっと俺様みたいな感じになってるな。
力が入っていた身体は、キスをする度に弱まっていく。
見開かれた目は閉じられ、必死に俺のキスに応えてくれようとしている。
そして、息づかいや、たまに漏れる声が少しずつ変化していく。
それを合図に伊緒と自分の唇を離す。
これ以上したら俺の理性が限界を越えてしまうから。
「伊緒、今日はここま…」
「や、先生…もっかい…」
「ーーっっ!!!!」