先生の言葉で少し落ち着いた私に気づいたのか、先生はまた私に笑いかけてくれた。
そして重ねていた手を離し、先生はコーヒーに手をかけた。
「…大人になると色々な障害が増えて、自分の気持ちを最優先に出来ない事も多い。だけど、進藤先生達は何とかうまくいってほしいな…。」
「…そう…ですね。」
コーヒーを飲みながら呟いた先生の言葉が、私の胸のどこかに引っかかった気がした。
可笑しいな…先生の言葉で不安は消えたはずなのに。
今の幸せだって、先生とならこれからも続けられると思える。
全て先生のお陰でこんな気持ちになれたのに…。
何でだろう。
今の言葉は素直に頭の中に入ってこない…。
子供だと思われている私達には、まだ全ての自由が許されていない。
やりたくてもやれない事だってある。
そのやれない事をやれるようになるのが大人になるって事なんだと思ってた。
だから、早く大人になりたいと憧れもした。
でも、今は大人になんかなりたくない。
周りの障害で自分に素直にもなれないなんて…そんなの嫌だよ。
このまま子供でいい。
大人には、なりたくないよ……。
どうして私達は大人になってしまうんだろう。
それに、一番気になるのは…。
「大人になって良いことってあるのかなぁ…。」
「ん?どうゆうこと?」
私の呟きに気づいた先生は、おどけた声をだした。
「先生の話しを聞いてると嫌な事や不安ばかりが増えてる気がして…。大人になっても良いことなんて無いんじゃないんですか?」
無限の自由との引き換えに増えていく大きな重荷。
そんなもの、増えても嬉しくなんかない。
今のまま過ごすのが楽しいに決まってる。
「はははっ確かに伊緒の言うとおりかもな。」
あれれ?先生が笑ってる。
てっきり深刻な顔でもするのかと思ってたから、その反応は意外だったな。
「伊緒と同じように大人になんかなりたくない奴は沢山いるだろうな。」
「うん…。」
私だけじゃないよね。
この時が永遠に続いてほしいと思ってるのは。
「でも、俺は大人になってよかったと思ってるよ。」
「そうなんですか?」
「まあ、昔が羨ましくなる時はある。でも戻りたいとは思わないよ。」
さっき私が割ってしまったマグカップの破片を拾う先生は、どこか誇らしげに見えて不思議な気持ちになる。
落ち着いてて、優しくて。
あぁこれが大人なんだなって私に教えてくれてる気がした。
「先生はどうして大人になれて良かったと思うの?」
自分が割ってしまったマグカップを拾う先生の手を見つめる。
手切らないといいけど…。
「んー?聞きたい?」
「…はい。」
私の返事にちょっと待ってと言い、先生はマグカップの破片をゴミ箱へと捨てに行った。
そういえば、私がマグカップ割った時怒らなかった。
ただ私の心配だけしてくれて…。
なんだか、不安になっていた自分が恥ずかしくなってきたかも。
いつだって私を優先してくれて、心配もしてくれる。
大切な事も沢山教えてくれるし、いつだって傍にいてくれるよね。
そんな先生との将来を不安になるなんて…。
なんかバカらしい。
今なら、それはただの考えすぎだって解る。
「よーし、話しの続きしよっか。」
教官室に帰ってきた先生の笑顔がたまらなく可愛い。
キュンと胸が高なって身体が熱くなる。
ごめんね、先生。
私最低だった。
不安になるって事は先生を信じてないのと同じだよね。
「で、大人になって何で良かっただっけ?」
「…はい。」
私の横に、再び先生が座る。
そして、さっきと同じ笑顔で私を見た。
「一番大切な人を、自分の力で守ることができるからだよ。」
先生が私をみつめてくる。
そんなに見られたら穴が空いてしまいそうなくらいに。
「た、大切なひとって…。」
「ははっそれ聞く?お前に決まってるだろ。」
「――――――っっ!!!」
先生は私を泣かせるプロなの?
そんな事言われて泣かない女の子なんていないよ?
大人で良かったって思える理由が、まさか自分の為なんて…。
「バカ…先生のバカー!!!うわぁっっ」
「お前泣きすぎ!!…ほら、こっちおいで。」
「!!!!!!!」
私の大好きな、先生からの『おいで』という言葉。
聞くと、普段でもドキドキするのに、今の状況で言われたら…もうドキドキどころじゃない!!!
先生に赤い顔を見られないように、下を向きながら身体を寄せる。
胸に顔がつくかつかないのかぐらいまで近づくと、先生が私を勢いよくひっぱった。
「下向いて顔隠してるのバレバレですけど。」
「ふえぇっ!!!」
「いいじゃん見せてくれれば、可愛いんだから。」
ううううーっっ!!!!
顔から火が出るーっっ!!
「あっはははっ!!トマトだなっ!!」
「ちょっと!!その一言余計です!!」
トマトって失礼な!!
せめて苺にしていただきたい!!