どれだけ手を伸ばしても届かない。
抱き締めに行きたくても足が動かない。
『せんせ…っ』
伊緒の声が少しずつ小さくなっていく。
そして、それに比例するように伊緒の姿が暗闇へと消えていく。
「伊緒っ!!待てって!!」
お前は泣きながらどこへ行く?
俺の元には帰ってきてくれない?
なぁ、もうお終いなのか…?
「うわぁぁっっ!!」
まるで自分も暗闇へ落ちていくようだ…。
「……っせい!!」
ん?
「先生ってば!!」
「…い、お?」
目を開けると、そこは明るい教官室。
さっきのは…夢?
「大丈夫ですか?すごいうなされてましたよ?」
じゃあ目の前の彼女は本物の伊緒なんだよな?
「先生?また体調悪い?」
俺の…大切な人…。
「きゃっっ!!」
伊緒の腕を引っ張り、俺の上に覆い被さるように抱き締めた。
「伊緒…だよな?本物だよな?」
「ふふっ、何言ってるんですか?私に決まってるじゃないですか!!」
震えていた身体が少しずつ落ち着いていく。
伊緒の温もりが安心をくれるようだ。
「何かあった?先生…。」
強く抱き締める俺の頭を伊緒は優しく撫でてくれた。
「伊緒を…失う夢をみたんだ。それが何かリアルで…」
情けない話し、本当に怖かった。
自分の何かが壊れていくようで…どうしよもなく身体が震えた。
「先生…大丈夫だよ…。」
優しい伊緒の声が俺の耳元で囁く。
そして、まるで確かめてと言わんばかりに、ゆっくりと俺にキスをしてくれた。
「私はどこにも行かないですよ。先生の隣にずっといますから。」
ニコッと笑う伊緒が愛おしい。
さっきまでの不安は無かったかのように消えていた。
「あぁ…そうだな。俺も離さないから。」
「勿論です!!あははっ」
鼻と鼻をくっつけて、お互い笑いあった。
俺の顔に触れる伊緒の手は魔法がかかっているかのごとく、俺に安心と安らぎをくれた。
「え?進藤先生そんな事思ってたんですか?!」
「あぁそうみたい。」
恵那と言ってる事が同じ部分は多々あるけど…少しすれ違ってるとこもある。
恵那は告白を断られた事で嫌われてるって思っちゃってるし…。
大丈夫かな?あの二人。
こじれなきゃいいけど…。
「まぁあの二人の事はもう少し様子を見てみよう。」
「…はい。」
「ところで、お前時間大丈夫か?今日部活無い日だし、それに7時回ってるから親御さん心配してるんじゃない?」
あ、もうそんな時間なんだ。
恵那とずっと話してたから時間の感覚が全くなかったな…。
「そうですね…じゃあ失礼します。」
鞄を持って立ち上がると、何かが制服をピンッと引っ張った。
「バカかお前は、送ってくに決まってんだろ?ちょっと待ってて。」
ぶっきらぼうにそう言う先生。
その姿が可愛い。
不器用な優しさって、たまらなくキュンってするんだぁ。
「ほら、おいで。」
先生から差し伸べられた大きな左手。
え?繋いでいいの?
ここ学校だよ?
「大丈夫、外真っ暗だから見えやしないだろ。」
「……はい。」
今日は少し大胆な先生。
さっきの怖い夢が原因かな?
何だか行動一つ一つが私を包み込むようでドキドキするよ…。
「見つかったらどうするん…ですか?」
「んー?足怪我したから支えてるとでも言っときゃいいだろ。顧問だし不自然じゃない。」
な、なるほどーっ!!!!
今日の先生は悪知恵がさえてる!!!!
「でも……」
「え?」
「顔見られたらちょっとまずいかな。」
そう言って私を見た先生は、顔を赤くして笑っていた。
その顔が私を好きと表してくれているようで、目が離せなかった。
「改めて手繋ぐって照れる…。」
「わ、私もです…」
車に到着するまでの五分間は、とても幸せな時間だった。
何でだろう胸の高鳴りがやまない。
もう何度も先生の車に乗ってるのに…。
繋いでいた手が熱いのは暖房のせい?
街灯の光が先生に当たるたび、横顔がはっきりと見える。
まただ…この気持ち。
先生が隣にいるはずなのに、もっと近づきたいと思ってしまう。
贅沢な悩みだよね。
先生が足りないだなんて……。
車からみえる景色が段々見慣れたものになってきた。
それは私の家が近い事を表していて少し寂しくなる。
「もうそろそろ着くから。」
「はい…。」
本当は…もっと一緒にいたいのに。
それを素直に表現できない。
もどかしさだけが胸を渦巻いて消えていく…。
「伊緒?どした?」
「え…あ、いえ…何も。」
気がつくと、そこは家の横にあるコンビニの駐車場だった。
もう着いちゃったんだ…。
早いよ、バカ…。
顔を覗きこんできた先生が、私の顔に手をあてた。
「泣いてるのか?」
泣いてる?私が…?
「泣いてないですよ?」
「じゃあ、何でそんな悲しそうな顔してんだ?」
悲しそうな顔…そんなの決まってるよ。
先生と離れたくない、それだけ。
「抱き締めて…先生…。」
私は勢いよく先生の胸にとびつき、そう呟いた。
私に温もりをちょうだい?