4月上旬、温かく過ごしやすい季節。
フワリと桜の匂いがする道を通り、今日も朝から自転車を漕ぐ。
もう何回この道を通ったのかな…。
いつの間にか慣れてしまった長い長い通学路。
初めは苦しかったけど、慣れてしまった今は気持ち良いとすら感じている。
「…はやいなぁ。」
高校に入学して、もう2年の月日が過ぎたのか……。
この2年間はとにかく早かった。
部活では後輩ができて、先輩が引退して、私達主体のチームになっていた。
沢山の壁にぶち当たっては苦しい思いをして、必死にあがいてばかりいた。
そんな部活も、もうすぐ引退。
いや、この高校生活ですら、もう最後の年になってしまった。
そう、高校3年生に…。
ブー…ブー…ブー……
「あ…っと、え、電話?」
学校の自転車置き場に自転車を止めていると、携帯のバイブが振動する。
見ると、ディスプレイには先生の文字がでていた。
普通だったモチベーションも、この文字を見た瞬間にみるみる上昇してくる。
ピッ
「もしもし片瀬ですが……。」
大声を出してしまいそうな位の気持ちを抑え、控え目に携帯に言葉をかける。
『あ、えっと…おはよう。』
すると、携帯から大好きな低い声が私へと届いてきた。
自分から電話してきたくせに、先生焦ってる。
ふふっ変なの。
「おはようございます。どうしたんですか?朝に電話なんて…珍しいですね。」
先生は、学校ではバレるといけないからって夜にしか連絡をしてこない。
って、もっと凄いこと平気でしてくるくせに何言ってんだかって思っちゃうけどね。
だけど、あえてそれは言わないようにしてる。
それまでしなくなっちゃったら寂しいから、ね。
『いや…ここ最近まともに話せてなかったし…たまにはいいかなって。』
そう、始業式が始まる前のここ数日は先生があまりに忙しくて電話は勿論メールもままならなかった。
「別に、これくらい大丈夫ですよ…。」
私も子供じゃない。
少しくらいなら我慢はできる。
……多分。
『嘘つけ、寂しかったくせに。』
そんな私を見透かしているように、いじわるなトーンで話す先生。
「なっななっ!!!」
何、その私ばっかり寂しいみたいな言いようは!!
なんかムカつく!!
「寂しくなんかないです!!もう切りますからね!!」
可愛くない私は、そのまま電話を切ろうと耳から携帯を離そうとする。
でも、微かに先生の声を感じた気がしてもう一度耳に近づけた。
『嘘だよ。俺が寂しかったの。』
え……?
『まだ始業式まで時間あるだろ?…いつもの場所、こない?』
先生が、すこぶる甘い…。
きっと、相当疲れが溜まっているのだろう。
私がそれを癒せるというのなら…。
「待っててください…。」
そんなの、いくに決まってる。
「ん、じゃぁな。」
「はい…。」
先生が言ういつもの場所とは、私が一番好きなところ。
冷暖房もなくて狭いけど、コーヒーのいい匂いが部屋中にしてとても安心できる場所。
それに…先生と唯一2人きりになれるとこでもあるんだよね…。
そう、私が目指す先は体育教官室。
コンコンッ
「はーい、どうぞ。」
私がノックをした瞬間、待っていましたとばかりに返事が返ってきた。
「……先生。」
「おう片瀬、おはよう。」
私の顔を見てニコッとする先生は、やっぱり少し疲れているように見えた。
「おはようございます。」
何故2人きりなのに片瀬と呼ぶのか疑問に思いながらも話しを続けると、先生はゆっくりと立ち上がった。
「久しぶり。」
「そう、ですね…。」
約一週間ぶりに逢った私達。
よくここまで我慢できたものだと、自分で自分に感動する。
ガチャンッ
「あ…え…?」
気がつくと、目の前にはさっきまで部屋の隅にいたはずの先生がいて、扉の鍵を閉めていた。
なんで…閉めた?
まぁ…大方予想はつくんだけども。
「伊緒…。」
「!!!!!!」
ふと先生の事を考えていると、耳元で声がして身体が反応する。
「あー…この感触久しぶり…。」
鍵を閉めた先生は、扉の前に立ち尽くしていた私をそのまま抱きしめた。
まるで今までのを取り返すように、ぎゅぅっと力強く。