取り残された麻由美はしばらく放心したように立ちすくんで、目の前にある階段をただ呆然と見つめていた。
 すると店で夫の良樹が
 「おい、早く運んでくれ。」
 と、カウンターから顔を出した。
 「あ、ごめんなさい、今行きます。」
 麻由美は慌てて店に戻り、いつも通りの笑顔を演出し、客人にコーヒーを出した。
 
 「美紗、帰ってきたのか?」
 「ええ、何だか元気なくって。」
 「そうなのか?まぁでも、あのぐらいになってくるといろいろあるんだろ?女の子は。」
 相変わらず呑気な良樹の言葉に、麻由美は返事をしなかった。
 
 いや、呑気だったからだけではない、麻由美にはこの一件で何とも言えないこみ上げる何かに気付いていたからだった。