「燕が低く飛んでいるわ…雨ね」

僕は主人であるお嬢の恨みのこもるような言葉に、無言で頷く。

漆黒のツインテールをさらりと流し、赤と黒でさっぱりとまとめた服にスカートのようなコート、そして赤の番傘をガラ悪く肩において腕をひっかけて(なんだか十字架に貼り付けにされた人みたいなシルエットだ。)さっさとと進んでいく彼女は「水柳のお嬢」と呼ばれる。

本名は、知らない。実は「水柳のお嬢」という名前なのかもしれない。


僕はお嬢に拾われて数年、一緒に旅をしている者、とでも言っておこうかな。
身なりは…うん、茶色っぽい薄汚い服に帽子を目深に被って、ちょっと目立ちたくない。自分の身なりの説明って恥ずかしいよね。自己紹介ってなんだか苦手。

で、実のところ、僕らは根無し草。だからこうしてふらふらふらふら、全く行くアテもあるのか無いのか。

ただ、今のお嬢にはなにか目的があるみたいだ。

キッと前を見つめて迷わず進む。でも、行き先はいつだって教えてはくれない。

「ちー?ちせ?置いて行くわよ?」
「っ、」

はっと弾かれたように顔を上げると、いたずらっ子のようなお嬢の顔が目の前にあった。
拾われっ子の僕は、置いて行くだとか捨てるという言葉が嫌いだ。お嬢はそれを知っていて、からかってくる。

だからこそ、生まれる安心感もある。

この人は、本当に優しい。


手でキツネの形を作り、ほほ笑みながら『コン』と言う。お嬢のお茶目な一面。

どうやら今日は楽しそうだ。

それを見ると、僕まで嬉しくなってしまう。

クルリと踵を返し、スタスタと歩くお嬢に小走りでついていく。

なんの用事なのだろう、少しだけお嬢から警戒するような雰囲気が読み取れる。

あまり表情に出さない人、いわゆるポーカーフェイス。目が切れ長だから、怖そうな印象はあるものの、常にいまいち読み取れない。

ただ、面白くなりそうだな、と、少し後ろでほほ笑む僕。

そんな二人の物語。


つづく。