「とんでもない! 先生の方が成功者です。立派な作家じゃありませんか!」


「立派じゃないよ。才能なんてこれっぽっちもないから最近、本が売れなくなったんだ。今まで運が良かっただけ」


「いいえ!」


毅然とした態度で夏子さんがこう反論する。


「先生は立派です。作家になりたくても作家になれない人が世の中に星の数ほどいるんですよ。でも、先生は文学賞を受賞されてその名を馳せているじゃありませんか! 作品が映画化されたし、世間に認められている高名な小説家ですよ」


「そりゃ、どうも。そこまで誉められて悪い気はしないね」


「私、先生の新聞に連載されている小説を毎日読んでます。不倫の話ですよね?」


『不倫』という言葉にギクリとした。


ひやひやしながら、二人の会話に耳を傾ける。


「あの年下のイケメンの妻帯者と中年の女性が愛し合う話、人の道にはずれているけど共感できます。感動しました。それに、先生の透明感のある文章が好きなんです。私には書けない。先生は素晴らしい才能を持っています。自信を持ってください。それから、これからも書き続けてくださいね」


「読んでたのかい? 読まない方がいいよ。幸せな主婦には毒だよ」


『年下のイケメンの妻帯者』というのは葵のことではないだろうか?


そして、『中年の女性』というのが加瑠羅のことではないだろうか?


それは、たぶん私小説だろう。


不倫の体験を書き綴っているんだ。


そして、それを何も知らず夏子さんは読んでいるというのが数奇な運命の巡り合わせといえる。


「私の友達も作家を目指してました。でも、なれずに断念して今は教師をしています。大学の時の友達ですよ。うちの大学は作家志望の子が多かったんです。皆、先生に憧れて入ったのかも。先生は私と同じ大学の出身ですからね」


「そうか。夏子さんも遠藤君同様、私の後輩になるのか」


「そうですよ、先生。葵と私は大学で出会ったんですから」


「大学で出会ったんですか?」