「これから出かけるよ」


背中越しに声をかけられる。


これから出かけるというのは、どういうことだろう?


「こんな遅いのに? どこ行くの?」


「おふくろのところ」


「お母さん?」


「うん。実家にいるおふくろが夏風邪を引いたんだ」


「そんなに悪いの?」


「いや、たいしたことないって電話で言ってたけど心配でね」


「そうなんだ」


私は肩を落とした。


無言になって俯く。


「そんなに落ち込むなよ」


葵は実家に帰る用意をするため寝室とリビングを行ったり来たりしながら、陽気に笑った。


「そうだ」


小さく叫ぶと、リビングにいた葵は寝室に引っ込んだ。


それから、戻ってきて私に鍵を手渡した。


「これ、何?」


「鍵だよ。合い鍵」


「くれるの?」