日も落ちて、空と海との境目も曖昧になった宵闇を、灯台から延びる光の筋が音もなく撫でる。私と香奈は砂浜へ上がって、防波堤の下の闇溜りに腰を降ろした。濡れた足とスカートの裾に砂がひっ付いてなかなか取れない。
「なんか帰りたくないなぁ」
 香奈が言った。彼女の家庭は私ん家以上に冷めていると思う。だけど、最近では私まで家に帰らない事が多くなった。落ち着く場所。私たちには今のところそれがない。東京に出ようって香奈が言い出したのも、たぶんそんな私と同じ気持ちだったからに違いない。
「このまんまさ、朝までこうしてようか」
 それもいいかも。海岸通りを走る車や人は、きっと私たちには気づかない。闇に沈む浜辺で息を潜めれば、箱根の山稜から顔を覗かせた月だって私たちには気づかない。もしかしたら、この世界でただひとつ落ち着ける場所はここなのかも知れない。今度はごく自然にキスをした。口の中に香奈と温かさと海のしょっぱさが広がる。太陽の名残りで砂は暖かい。寝そべって髪や制服が砂だらけになっても誰も咎めない。時折頭上を通り過ぎるヘッドライトとエンジン音。気にしない。含み笑いは防波堤のコンクリート壁に吸い込まれる。指を絡めあっても、脚を絡めあっても、誰にも怒られない。
 仰向けになった時、目の前には宇宙が広がっていた。隣では香奈も仰向けになっている。上に墜ちるような不思議な感じがして、私たちはいつしかケラケラと笑いだしていた。



 頭がガンガンするし気持ち悪い。浜辺? ……にしてはカラスの鳴き声しか聞こえない。防波堤はどこ行っちゃったんだろう。香奈はどこ? それより私は幾つ? 高三だっけ。……にしては体の節々が痛い。ひょっとして私は二十歳かもしれない。
 やけに腕が痛いと思っていたら、カウンターに突っ伏していた。腕が濡れているのはなぜだろう。涙? ……いや、ヨダレかも知れない。今日は何日だっけ? 大学の入試はいつだっけ? ……ああそうだ。高校なんてとっくに卒業したし、大学だって落ちちゃったから、もう勉強なんてしなくてもいいんだ。この気持ち悪さは葉っぱのせいじゃない。ただ単に飲み過ぎただけだ。その証拠に酔いがまだ残っているみたいで……、
「えへへ、うちゅうが見えたのー」
「あら、あんた起きたのかい?」